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可部旧街道に「古民家」131軒

広島市安佐北区可部地区の旧街道一帯に、築50年以上とみられる木造の民家が131軒残っていることが確認された。同地区の住民グループ「可部夢街道まちづくりの会」が調査した。同グループは、所有者に活用を促して空き家などになって壊されるのを防ぎ、古い町並みを残したまちづくりに生かしていく考えでいる。
同グループのメンバーたちが、昨年12月から今年7月まで旧街道1.6キロの周辺を歩いて回り、外観からおおむね築50年以上の木造で趣があった131軒を「古民家」として選び出した。大半は、狭い路地の奥にあった。中には明治初期の建造とみられる家屋もあるという。
古い家屋は、重機などが入りにくく、建て替えが難しい立地にある場合、空き家になる可能性が高いとされる。同グループは活用に向けて昨年4月、所有者と入居や商売を始めたい人との橋渡しを目指して「可部古民家情報バンク」を設立し、調査を進めてきた。
調査結果を踏まえて同グループは、民家の所有者や居住者に情報バンクの案内チラシを順次配り、長期的な活用に向けた検討を促す。情報発信を強め、移住希望者も募る。バンクを運営する建築士貴船一樹さん(42)は「持ち主との関係を築き、アドバイスすることで、空き家の増加を防ぎたい」と話している。
【中国新聞2020.10.08】

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路地に見られる伝統的な建物の例


可部の町並は旧街道沿いに関心が傾きがちな所、路地に展開する家々を含め面的に調査されたとは驚きであり貴重な記録となるだろう。
なかなか目が向いにくいこうした建物の価値が見いだされたことが無駄にならないよう、この続きを期待したい。


# by mago_emon2 | 2020-10-08 19:55 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

「恋しき」府中市来月取得

府中市は10月1日、旧料亭旅館の複合施設「恋しき」(同市府中町)を取得する。観光客の本格的な受け入れに向け、活用策を協議する検討委員会を12月に発足。2年後をめどに指定管理者を選ぶ。保存と活用を進めて、かつて各界の著名人が利用した施設のにぎわい復活を目指す。
恋しきは、施設自体と同市の歴史や文化、観光資源をPRする目的で、資料の保存や展示、貸店舗、貸室として利用する。庭園の開放や宿泊、催しも想定する。入館は無料。1日の使用料は母屋全室5万円、同個室4千円、同大広間2万円、離れ5千円と定めた。
施設の管理は市観光協会に委託する。委託費は年約600万円を想定。検討委員会は、建築に詳しい専門家や観光協会、地域団体など15人前後で構成し、宿泊や飲食営業、母屋の改修などを話し合う。
国登録有形文化財でもある恋しきは、1872(明治5)年に旅館として創業。3階建ての木造母屋と離れ5棟、日本庭園からなる。現在の運営会社では将来的な修繕を含めて維持管理が続けられないと判断し、市が土地と建物を1億8600万円で買い取る。
恋しきの設置と管理に関する条例案は、18日の市議会本会議で可決された。市観光課の浅野政昌樹課長は「かつて料亭旅館としてにぎわった恋しきを観光・交流人口の拡大や中心市街地のにぎわい創出につなげたい」としている。
【中国新聞 2020.09.23】


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恋しき(2016年撮影)

「恋しき」は以前から内部を見学させてもらったり、会食に利用したこともあることから動きに着目している。
市が引き取る間に、有力な管理者が現れればよいが、以前食事処として活用されていた時に、もとの姿からかなり変わってしまったやに聞くので、このまま市が管理した方が良いようにも思う。
しかし、それでは財政的な問題もあるだろうから、難しい問題ではある。

# by mago_emon2 | 2020-09-23 22:43 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

潮待ちの歓楽街 繁栄の跡 (進む老朽化 残るは7棟)

大崎上島の木江港一帯は、3階建て以上の古い木造建築が並ぶ独特な景観で知られる。潮待ちの港の歓楽街として栄えた名残で、4年前には県の観光ガイドブックの表紙も飾った。建物は老朽化などで次第に姿を消しており、残るは7棟。関係者は「島の歴史を映す貴重な存在を残したい」と願う。

現在、一帯に残るのは3階建てが6棟、5階建てが1棟。郷土史に詳しい町教委教育課長補佐の秋山英雄さん(57)は「それぞれ築100年前後が経過している。狭い範囲にこれだけ古い木造高層の建物が全国でも珍しい」と言う。3棟が住居に使われ、ほかは空き家や倉庫になっている。

秋山さんによると、木江港が発展したのは明治期から。北九州の石炭を関西に運ぶ帆船の多くが立ち寄り、大正期にかけて造船業も盛んになった。それを受けて旅館や飲食店、遊郭が相次いで開業し、歓楽街を形成した。

海と山に挟まれて平地の少ない地形で、客を迎えるのに適した高層の木造建築が好んで建てられたという。詳細な記録はないが、港の南北約700メートルの範囲に15棟ほどがあったと考えられている。

戦後、潮待ちする船は減り、歓楽街の賑わいも失われていった。建物は住宅などに転用されたが、老朽化や住民の高齢化で解体される例も続いた。

同町出身の作家穂高健一さん(76)=東京都=は、木江の歓楽街を題材にした小説集を2018年に刊行した。日本が戦争を重ねた時代に遊郭が栄えたことに触れ、「戦争のしわ寄せが女性に向いた」と語る。悲史も含めて歴史を語り継ぐ意義を説き、「建物の保全を行政も支援してほしい」と願う。

今月上旬、秋山さんは木江港近くの路地に立っていた。3階建てが近接して3棟並び、昼間でも深い陰影と風情のあった一角。それが、ここ2年間に3階建て1棟を含む三つの建物が相次ぎ解体され、残る建物も老朽化が進む。「若者による活用を促すなどして、将来につなげたい」と話している。

(中国新聞 2020.08.22



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木江の路地風景


木江のある大崎上島は架橋されておらず、訪ねるには船に依るほかない。そのため外来者はこの島を訪ねる明確な理由がある客に限られることもある意味路地風景そして木造多層階建て建築が残った要因ともいえるかもしれない。

私が最初にこの木江の集落を訪ねた時は相当な衝撃を受けた。一般的な認知度がほぼ零だったこともあるだろう。あれから20年近く、随分光がよく差し込むようになったとはいえ、まだまだこの記事に説明されるような濃厚な路地風景が残っているといえる。

これ以上歴史を語るものとしての建物・町並を失わせたくないならば、もはや外部から別の血を入れて再生させるという方法しかないようにも思える。私個人的にはそれはちょっと違うと思ってしまう。いずれにせよ難しい問題ではある。


# by mago_emon2 | 2020-08-23 21:29 | 古い町並 | Comments(0)  

府中市、「恋しき」取得へ

府中市は29日、同市府中町の旧料亭旅館の複合施設「恋しき」の取得と活用に乗り出す方針を明らかにした。各界の著名人がかつて利用するなど文化的価値が高いと評価。一方で築100年以上の母屋や離れは老朽化が進み、現在の運営会社では維持管理が進められないと判断した。建物と土地の取得、修繕にかかる事業費は計2億1200万円と見込む。
市と運営会社によると、母屋や離れの屋根瓦が破損して一部で雨漏りが発生。土塀が崩れるなど修繕が必要な箇所がいくつもあるという。昨年春に飲食店が撤退して以降、母屋にテナントは誘致できていない。維持管理費は年700万円前後で、運営会社は将来的な修繕費もかさむとして2月に市へ売却を打診した。
市は、恋しきを歴史的、文化的な価値がある市民共有の財産と評価する。8月末に取得し、指定管理者を選定した上で来年1月の運営開始を目指す。地域イベントや、市民や事業者をもてなす迎賓館などの利用を引き続き想定する。
さらに、識者や地域団体などで構成する活用検討委員会(仮称)を設置。宿泊施設としての再生や建物の長寿命化策を検討する。
※以下略

(記事内解説)恋しき 1872年(明治5)年に旅館として創業。敷地約2500平方メートルに和風の木造3階建て母屋と離れ5棟、約900平方メートルの日本庭園がある。2004年に国の有形文化財に登録された。犬養毅や井伏鱒二たち政治家や文化人が訪れ、戦後は社交場にもなったが、1990年に廃業。運営会社が07年に観光と商業の複合施設としてオープンした。
【中国新聞 2020.05.30】


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恋しき(外観・母屋の内部・中庭と離れ)2016年


「恋しき」については、昨年6月にテナント撤退との記事があって以来、具体的な進展はわからなかった。
私は飲食店時代に一度だけ利用したことがあり、建物としても十分な価値があるものと思った。テナントとして利用されるにあたり、既に内部の意匠は随分手を加えられ原形部分が少なくなってしまったやに聞くが、外観のみならず歴史的な価値を考えると、安易になくしてしまうわけにはいかない建物だ。
今回市が取得に乗り出したことは、建物にとっては瀕死の状況の中救いの手が延べられたように感じる。
今の諸情勢を考慮すると、民間会社が会食・イベント会場として新たに展開していくのは難しいといわざるを得ない。市はその価値を十分認識されているようなので何とか軌道に乗せ、実現していただきたいものである。

# by mago_emon2 | 2020-05-31 20:19 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

可部の古民家守ろうー安佐北区「夢街道の会」支援に調査開始

広島市安佐北区可部地区の住民グループ「可部夢街道まちづくりの会」が、旧街道沿線の古民家の保全に乗り出した。江戸時代の商家などが連なる古い町並みを残すため、所有者と利用を希望する人との橋渡しなどを担う考え。現在は、基本となる古民家数の調査を進めている。
同会は、江戸時代から昭和にかけて建てられた地域の古民家が次々と解体されることに危機感を持ち、昨年4月に「可部古民家情報バンク」を設立。古民家での生活や商いを望む人と、所有者を結び付けることで保全を目指す。
まず古民家数を把握するため、建築士や住民17人で調査チームをつくった。古民家の基準を①おおむね築50年以上②木造の和風建築③屋根が瓦④経年による趣がある―などと設定した。
旧街道約1.6キロの範囲にある17町内会に調査協力の案内を配り、初年度は面積の約3分の1に当たる3町内会で外観を調査。44軒を古民家に認定した。修繕の必要性など保全に向けた具体的なアドバイスを今後練っていく。
バンクを運営する貴船一樹さん(41)は「手間と時間のかかる作業だが、こつこつ続けて古い町並みを守り続けたい」と話している。
【中国新聞 2020.03.24】

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可部の町並(右手前の空き地は町家が撤去された跡)

水運と陸運の結節点として多くの商家や町家が建ち並び賑わった可部地区。定期的に町並探訪として訪ねたり、また様子見に通ったりして20年ほどになるが、面影は残っているとはいえ無くなった家々も少なからずある。せめて今残る旧家群は失われる速度が低いものであってほしいものだ。
古い町並地区では毎秋イベントが開かれるなど、地元の意識は高いものの、それが町並や古い建物の保存に直接は結び付くものではない。この活動がその先駆けになってほしいものだ。

# by mago_emon2 | 2020-03-24 21:28 | 古い町並 | Comments(0)