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宮島の「伝建」決定

廿日市市は13日、世界遺産の島・宮島の中心部16.8ヘクタールを「宮島町伝統的建造物保存地区」と決め、告示した。17世紀から残る歴史的な町並みの保存が目的で、地区内の建物を改修する際に最大1千万円まで補助する制度も創設した。将来的には国の重要伝統的建造物保存地区(重伝建)の選定を目指す。
観光客が行き交う表参道商店街から南へ1本山側にある町家通り一帯から大願寺、大聖院にかけてのエリアを保存地区とした。民家や店舗など約560戸があり、江戸時代から昭和初期に建った伝統的建造物は186戸と3割強を占める。勾配の緩やかな屋根や格子窓を備えた町家が並ぶ光景は宮島の特徴の一つだが、近年は解体や大規模な改修が目立ち、市が保存地区指定の手続きを進めていた。
地区の建物は改修時に、周囲との調和を求められる。例えば、屋根は切り妻造り、通りに面する建具は木製にするーなど。市は修理費用などで最大1千万円を補助する制度を設けた。同時にまとめた保存計画では、所有者の同意を得た98戸を改修時にできるだけ建築当時の姿に戻すよう要請する建物と位置付けた。市は同意を広げる努力を続ける考えだ。公開施設を整備する必要性も盛り込んだ。
市都市計画課の明神忍・歴史まちなみ担当課長は「島の魅力を磨いて、町並みに対する住民の誇りを高めたい。重伝建の選定に向けた申請もできるだけ早くしたい」と話した。
広島県内の伝建地区は、竹原市竹原、呉市豊町御手洗、福山市鞆町の3カ所。いずれも国の重伝建に選定されている。
【中国新聞 2019.06.14】

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子供の頃は宮島観光はもっとのどかなものだった気がする。最近は足を向ける頻度も少なくなったが、数年前だったか紅葉シーズンの門前の商店街は飽和状態となっていて驚いた。ここ最近で急増した外国人観光客などにより、シーズンの休日には雑踏とも言える状況に成っているようだ。
裏道に当たる町家通りなども、やがては増えた観光客を受け入れようと、客におもねるような外観に改装したり、建替えたりする例が増えはしないかというのがここ最近の危惧事項だった。それを食い止める役割という意味でも、さらに重伝建地区へとつながるものとしても期待したい。


# by mago_emon2 | 2019-06-14 22:53 | 重伝建保存地区 | Comments(0)  

10連休に懐かしむ(喜多方の若喜商店)

喜多方市にある老舗の醤油醸造「若喜商店」は大型連休中、観光客でにぎわっている。社長の冠木紳一郎さん(63)は「『令和』になっても古き良き明治、大正、昭和そして平成を懐かしんでほしい」と話している。
創業は1755(宝暦五)年。明治から大正にかけて建てられた八つの蔵があり、「蔵のまち・喜多方」のシンボルとなっている。1931(昭和六)年に造られたモダンな店舗、1904(明治三十七)年に建てられた「レンガ蔵」は国登録有形文化財に認定されている。
大正時代に建てられた木造二階建ての室(むろ)を利用して「若喜昭和館」を十六年前にオープンさせた。昭和三十年代から五十年代をテーマにした駄菓子店で、昭和の世界にタイムスリップしたような感覚になる。プラモデルやブリキ玩具、映画のポスターなどが展示・販売され、昭和時代を知らない世代も楽しめる。
厳選した丸大豆や小麦、赤穂の天塩を使い、土蔵の木おけで二年間熟成させた「天然醸造しょうゆ」などが土産品として人気だ。営業時間は店舗が午前九時から午後五時まで、昭和館が午前十時から午後三時まで。問い合わせは若喜商店 電話0241(22)0010へ。
【福島民報 2019.04.30】

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若喜商店(2015年撮影)


喜多方の古い町並の中心にも位置するこの醤油店、数年前の写真しかないが裏手に多くの土蔵を従えた商家であることは訪ねた時印象に残っていた。
このエリアは以前アーケードに覆われていて、建物の全容が見えづらかったが、2015年に訪ねた時には撤去されていてすっきりとした町並になっていた。ただ率直な感想を示すと、アーケード撤去と同時に電線も埋設してしまったことで、今度は何だか作製感が拭えない感じになったことが少々引っかかるのだが、撤去の判断は正解だったと思う。
古い建築を所有するこうした店舗主など、それぞれが意識され発信されることはささやかながら大きな力となることだろう。
探訪先の地方紙で見た貴重な情報だった。


# by mago_emon2 | 2019-05-03 20:32 | 老舗・伝統産業 | Comments(0)  

府中の「恋しき」主力の飲食店不採算で撤退

府中市府中町にある複合施設「恋しき」の主力テナントの飲食店が3月末、不採算を理由に撤退した。施設は明治初期創業の旧料亭旅館で、国の登録有形文化財として市中心部にある。地元企業や市などが出資する運営会社は、施設の活用方法の見直しも含め対応を検討する。
店は木造3階建て母屋内の和風レストラン・宴会場。唯一の飲食施設として、福山市内で飲食店を手掛ける夢笛(福山市)が2012年11月から営業していた。同社は「地域の憩いの場を目指してきたが営業継続が困難になった」と説明。運営会社は「再び飲食店をテナントとして募るのかも含め、活用方法を検討する」とした。離れの貸し出しや回廊式の日本庭園の無料開放は続けるという。
恋しきは井伏鱒二や吉川英治ら文豪も滞在し、戦後は社交場としても利用されたが1990年に廃業。運営会社が建物を買い取り、2007年に複合施設として再オープンした。観光振興に力を入れ始めた市も、歴史的価値がある中心部の拠点の一つに位置付ける。
市商工労働課の近藤和成課長は「文化財であり貴重な地域資源。市としてできる支援を検討する」としている。
【中国新聞 2019.04.05】

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内部が飲食店として利用されていた「恋しき」(2016.11撮影)

この建物はかなり前から保存活用の方法が検討されていて、飲食店が入った後に利用したことが一度ある。
もっとも本当の目的は館内を見学することであり、そのためには食事の予約を入れる他なかったわけである。
その数年前、一度だけ忙しくない時間帯に店の方にお願いしてざっと建物内を見せてもらったことはあるが・・。
古い建物の店舗としての再活用。この建物に限らず多くの事例が見られるが、例えば自治体などが買い取って一般公開するなどといった場合と比べると、その建物本来の原形が保たれる確率は低いものになると云わざるを得ない。
ましてやテナントとしてのこのような営業では、当然のことながら利益が残らなければ手放してしまうわけで、当然それは建物の保存云々とは別のことになってしまう。
実際ネットで少し見てみると、レストランとして利用されるにあたり内部の原形が改変されてしまったことへの嘆きの声もあった。
残念というよりこれを機会に建物の魅力をちゃんとした形で伝えることの出来る施設に生まれ変われる良い機会になるよう、私は願いたい。


# by mago_emon2 | 2019-04-07 21:06 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

旧千葉家住宅に休憩所

海田町は14日、県重要文化財の座敷棟がある旧千葉家住宅(中店)の敷地内に休憩所やイベントスペースを設ける計画を明らかにした。観光地化を進める旧西国街道沿いにあり、東隣に建設中の海田公民館と一体で賑わいの拠点としたい考え。織田幹雄記念館も入る公民館がオープンする2020年4月までの完成を目指す。
休憩所は老朽化した同住宅の納屋を取り壊した跡に整備する。平屋で縦約4メートル、横約14メートル。中に観光情報コーナーも設ける。隣接する新たな海田公民館との間をイベントスペースに活用。地面に自然石を施し、演奏会などの会場として使えるようにする。
昭和初期の台所が残る同住宅の「角屋」も改修する。かまどや土間などを復元して体験学習の場にするとともに、和室も新たに造り茶道教室などの会場として利用を促す。
町は実施設計を経て、6月に開会予定の町議会定例会に建設費を含んだ予算案を提出する方針でいる。
同住宅は旧西国街道沿いにあり、宿場町だった同町の宿駅の要職を務めた千葉家の旧宅。主屋や角屋、座敷棟、庭園などで構成する。1774年建築の座敷棟は県重要文化財に、庭園は県名勝に指定されている。2011年、町に寄贈された。
【中国新聞 2019.02.15】
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千葉家住宅

千葉家住宅は旧海田宿にあって脇本陣(大名通行などの重要通行時、本陣に次いで主な宿泊業務を担当)を務め、建物も往時のまま残されている。数年前から日を定めて公開されており、何度か訪ねたことがある。庭園も見事で常時公開されないものかなと思っていた。
最近通りかかっても公開されている姿を見ないし、少々心配になっていたが、このような新たな動きがあるとのこと。
ただ、観光地化、賑わいの拠点といった言葉が目に付くことが気になる。そういったことに重点を置いた施策だと、結果的には同じような施設になってしまいその土地その歴史固有のものが淡くなってしまいがちなものだ。
そのような結果を招かないことだけは願いたい。


# by mago_emon2 | 2019-02-16 21:47 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

宮島「重伝建」申請へ

廿日市市は16日、世界遺産の島・宮島の中心部を国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定するよう、2019年度中に国に申請する方針を明らかにした。今後、エリア内の建物を改修する際の補助制度を創設。当初の計画から制度を拡充し、申請に必要な住民の同意を得る。
島内で開いた住民説明会で報告した。市が想定する保存地区は、町家通り一帯から大願寺、大聖院にかけての16.8ヘクタール。地区内に民家や店舗など約570戸があり、うち江戸時代から昭和初期までに建てられた伝統的建造物は184戸と約3割を占める。
地区内では改修時、町並みとの調和の重視を求める。特に、伝統的建造物については建築当時の姿に戻すよう要請する。
市は15年度、重伝建選定に向けた条例を制定し、作業を本格化した。国は「選定には伝統的建造物の所有者の7割の同意が必要」と指摘。現在、約6割の同意が得られたため、19年度中の申請方針を決めた。
市は6月までに、申請の前提となる、市の伝統的建造物群保存地区(伝建地区)の都市計画決定を目指す。決定に合わせ、エリア内の建物を改修する際の補助制度を設ける。伝統的建造物については上限800万円を1千万円に引き上げるなど当初の計画から拡充し、所有者の理解をさらに広げる考えだ。重伝建に選定されれば、制度の財源は国から補助される。
市は21~23日にも島内で説明会を開く。市都市計画課の明神忍・歴史まちなみ担当課長は「宮島の町並みを後世に残すため、丁寧に説明し、理解を得ていく」と話している。
【中国新聞 2019.01.16】

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町家通りの町並(2014年撮影)

宮島の町並を重伝建にという動きは結構以前からあり、ようやく実現に向けて最終段階を迎えたようだ。
さすがに宮島のこと、重伝建地区にならなくとも、住民の意識や自治体の取組である程度は歴史的な町の体裁が保たれていくものと考えられるが、個々の伝統的建物の維持は限度がある。ここは是非国の制度をよい方向に活用してもらいたいものだ。


# by mago_emon2 | 2019-01-19 21:50 | 重伝建保存地区 | Comments(0)  

翁座 次代へと寄付

府中市上下町の喫茶店経営、田中善江さん(85)が所有する木造の芝居小屋「翁座」を市に寄付した。大正末期に完成した小屋は、歌舞伎公演や映画上演など娯楽の拠点として親しまれたが、工場として一時使われるなど時代の荒波にももまれた。一家で守ってきた施設が、地域のシンボルとして末永く残ることを願う。
翁座は地元有志が出資し、京都の南座を参考にして1925年完成した。回り舞台や花道、升席などを備え、舞台や花道に通じる床下に「奈落」もある。
戦後すぐ、映画などの興行が仕事だった父の多郎さんが小屋を取得した。歌舞伎のほか、舞台には高田浩吉、鶴田浩二ら著名な役者も登場。映画「君の名は」の上映時には長蛇の列ができた。地域に欠かせない娯楽の場だった。幼少から日本舞踊を舞う田中さんも「100回どころではない」ほど舞台に立った。(以下略)
【中国新聞 2019.01.09】

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翁座(2016.10に公開されたときの様子)

昨年9月の続報。
前回記事:
https://machiissue.exblog.jp/27104158/
それにしても、喫茶店経営の個人所有だったことには少々驚いた。
市が引き継ぐことで、この建物の貴重さ、魅力が身近に人々の眼に触れられるようになることを願うばかりだ。


# by mago_emon2 | 2019-01-10 21:59 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

瀬戸田の堀内邸 宿として再生 21年に開業

尾道市瀬戸田町にある明治初期に建てられた「堀内邸」を活用した宿泊施設が、2021年に開業する見込みとなった。市が、ホテルの経営やコンサルティング業を営むナル・デベロップメンツ(京都市)と土地建物の売買契約を結んだ。瀬戸内しまなみ海道の中心部にある立地を生かし、地域への滞在時間の延長を目指す。
海外からの来訪者を含め、サイクリストなど幅広い観光客を対象とした宿泊施設を予定する。地元客も利用できる入浴施設の整備も検討している。
市は11月、土地2287平方メートルと母屋など11棟延べ1123平方メートルを、ナル・デベロップメンツに2630万円で売却する契約を結んだ。同社の早瀬文智代表取締役は「瀬戸田はしまなみ海道のほぼ中間にあり、滞在拠点として理想的」と説明。具体的な活用策は「建物を調査して計画を詰める」とする。
ナル・デベロップメンツは、瀬戸内7県の地銀などでつくる瀬戸内ブランドコーポレーション(広島市中区)から、堀内邸の紹介を受ける事業を提案。瀬戸内ブランドコーポレーションは共同提案者として、情報発信などで提携する方針。
堀内邸は瀬戸田港に近い「しおまち商店街」沿いに立つ。製塩業や海運業を営んだ堀内氏が1876年に建てた。17年に堀内氏の子孫から寄付を受けた市が、活用する民間業者を公募していた。
瀬戸田港には、19年1月から「サイクルシップ・ラズリ」が尾道との定期航路に就航する。市政策企画課の坂本里美課長は「生口島全体の活性化につなげたい」と話している。
【中国新聞 2018.12.26】

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堀内邸(右)

堀内邸に関する1月の続報で、具体的な動きについて明らかになった。宿泊施設という用途は前回も示されていたので、構想通り順調に進められているようだ。本格的な実現を待ちたい。
ただ、こうした民間業者の企画はややもすると一過性のものに終り短命に終わることも少なくないやに感じている。そうならないように願いたいと同時に、宿泊者以外の一般の訪問客にも貴重な建物の内部を見学できるように整備していただきたいものである。


# by mago_emon2 | 2018-12-27 21:58 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

被覆支廠 平和学習拠点に

広島市内で最大級の被爆建物「旧陸軍被覆支廠(ししょう)」(南区)について、建物の一部を所有する広島県が大規模な改修案をまとめたことが4日、分かった。敷地内に新たな建物を建てて見学者が被爆証言などを聞く場所とするほか、車両の出入り口や駐車スペースも新設する。活用策が長い間、宙に浮いていた被爆建物は、被爆の実態を伝える平和学習の拠点としての役割が明確になる。
県の改修案によると、見学者用の建物は、最も北側にある1号棟と、すぐ南隣の2号棟の間に建てる。広さ約130平方メートルの平屋で、説明用のスペースやトイレなどを備える。現在は市民団体が屋外で催している「被爆証言を聞く会」の会場としたり、修学旅行で訪れた小中高生が利用したりすると想定する。
車両の出入り口は、1号棟と2号棟の間やその周辺にあるれんがとブロック製の塀を撤去して設ける。駐車スペースは、1号棟の北側に数台分を確保。車で訪れる人たちを受け入れる環境を充実させる。
併せて、1号棟を集中的に補修する方針も盛り込んだ。6月以降、専門家の意見を聞きながら進めてきた工法調査に基づき、雨漏りするなど劣化が激しい屋根や外壁を補強する。雨水を敷地の外に流すための排水路も新たに整備する。
一連の事業費は概算で3億8千万円を見込み、着工から完了までの工期は1年半程度と想定している。改修案を具体化するための財源の確保などが順調に進めば、2020年度には新たな姿を見せることになる。
被覆支廠の見学は現在、事前予約が必要。近年は被爆の爪痕を残す倉庫群に学ぼうと、主に修学旅行生の訪問が増加している。市民団体「旧被覆支廠の保全を願う懇談会」の中西巌代表(88)=呉市=は「声なき被爆者である建物の歴史を広く知ってもらうための大きな一歩だ」と歓迎する。
被覆支廠は、旧陸軍兵の軍服や軍靴を製造する施設として1913年に完成した。県は00年、ロシア・エルミタージュ美術館の分館誘致の候補地と位置付けたが、06年に断念。その後は活用方針を示せないままだった。
【中国新聞 20018.12.05】

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旧陸軍被覆支廠

声なき被爆証人であるとともに、建造物としても貴重な存在であるこの旧被覆支廠。外来客の訪れが多い地区でもなく、また目立たない位置にあることからまだまだ知られていない建物群である。一般の見学客を受け入れるには、構造強度など数多くの問題を解決しなくてはいけないようで、私もまだ一度も内部を見学したことがない。
このような古い建造物の保存は、それに至るまで非常に時間がかかることが少なくない。原形を出来るだけ崩さず、迅速に一般公開に向けて動いていただきたいものだ。


# by mago_emon2 | 2018-12-06 22:38 | 伝統的建造物 | Comments(0)