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カテゴリ:古い町並( 37 )

 

可部の古民家守ろうー安佐北区「夢街道の会」支援に調査開始

広島市安佐北区可部地区の住民グループ「可部夢街道まちづくりの会」が、旧街道沿線の古民家の保全に乗り出した。江戸時代の商家などが連なる古い町並みを残すため、所有者と利用を希望する人との橋渡しなどを担う考え。現在は、基本となる古民家数の調査を進めている。
同会は、江戸時代から昭和にかけて建てられた地域の古民家が次々と解体されることに危機感を持ち、昨年4月に「可部古民家情報バンク」を設立。古民家での生活や商いを望む人と、所有者を結び付けることで保全を目指す。
まず古民家数を把握するため、建築士や住民17人で調査チームをつくった。古民家の基準を①おおむね築50年以上②木造の和風建築③屋根が瓦④経年による趣がある―などと設定した。
旧街道約1.6キロの範囲にある17町内会に調査協力の案内を配り、初年度は面積の約3分の1に当たる3町内会で外観を調査。44軒を古民家に認定した。修繕の必要性など保全に向けた具体的なアドバイスを今後練っていく。
バンクを運営する貴船一樹さん(41)は「手間と時間のかかる作業だが、こつこつ続けて古い町並みを守り続けたい」と話している。
【中国新聞 2020.03.24】

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可部の町並(右手前の空き地は町家が撤去された跡)

水運と陸運の結節点として多くの商家や町家が建ち並び賑わった可部地区。定期的に町並探訪として訪ねたり、また様子見に通ったりして20年ほどになるが、面影は残っているとはいえ無くなった家々も少なからずある。せめて今残る旧家群は失われる速度が低いものであってほしいものだ。
古い町並地区では毎秋イベントが開かれるなど、地元の意識は高いものの、それが町並や古い建物の保存に直接は結び付くものではない。この活動がその先駆けになってほしいものだ。

by mago_emon2 | 2020-03-24 21:28 | 古い町並 | Comments(0)  

東城の町並み 様式など調査

庄原市東城町の住民グループ「東城路まちなみ協議会」が、町中心部にある古い建物について、建造時期や建築様式などの詳細調査を進めている。調査結果を基にガイドブックの作製を目指し、にぎわいづくりにつなげる。地元住民にも城下町の風情が残る町並みの特徴を再認識してもらう。
町中心部にある約800メートルにわたる商店筋「街道東城路」周辺が対象区域。いずれも国登録有形文化財で、明治時代の町家だった「三楽荘」や、昭和初期の建築様式が残る「ヤマモトロックマシン建物群」が立ち並ぶエリアで、所有者から建物の歴史や概要を聞いている。
調査の指導は、建築物の歴史に詳しい奈良女子大の藤田盟児とゼミ生3人が同町を訪れ、リストアップした民家や商店など約60軒のうち、約20軒を見て回った。建物のデザインや大きさ、窓の格子の形などの特徴から、建築時期を江戸―昭和期の年代に区分した。
藤田教授は「城下町は一般的に画一的な街並みになりがちだが、東城は一棟一棟に特色があって個性的だと感じる。各戸が個性を出しても柔軟に受け入れる土壌があったのでは」と推測している。
協議会は2020年度からガイドブック作りを本格化させる予定でいる。景観部会の樫原節男部会長(63)は「時代の変遷に伴う建物の特徴を記録し、住民や観光客に街並みの魅力をPRしたい」と意気込んでいる。

【中国新聞 2020.02.11】

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東城の町並(旧三楽荘)


東城は交通の不便なところであるが、町並としてかなり良いものが残されている。藤田教授の分析の中で東城の町並の個性に着目されたところは貴重なことだ。商業もしっかりと栄えたことで今のこの町の姿がある。その重厚さ、奥行深さはもっと知られ生かされるべきものと思う。




by mago_emon2 | 2020-02-11 21:13 | 古い町並 | Comments(0)  

西国街道の面影守り生かそう(三原市本町)

三原市本町の住民有志が江戸期の西国街道の面影を残す町並みを残そうと、住民による自主ルール作りを進めている。民家や商店の改築時に外観を落ち着いた色調にしたり、建物の高さを制限したりすることでレトロな雰囲気を残し、まちのにぎわい復活を目指す。
JR三原駅に隣接し、約1270人が住む本町エリア全域が対象。2018年から計6回開いたワークショップの参加者が、景観のガイドラインを作り、高齢者や観光客に配慮した路地の整備などをテーマに提案書をまとめた。
景観を守る案として、新築や増改築の際に屋根や外壁を黒、白基調とする/勾配のついた屋根にする/しっくい壁や木の格子を覆っているトタン板を外す―などの方法を例示。メイン道路の本町通りや宗光寺小路では、国の事業を活用した電線の地中化を目指す。
市の協力を得るため、本町連合町内会の帯賀信義会長(86)たちは24日、天満祥典市長に提案書を提出。天満市長は「住民の熱意に応え、市も一緒に盛り上げたい」と応じた。
本町エリアは20年前に比べ人口が2割減り、高齢化率40%以上、空き家率14%と空洞化が進んでいる。一方、太平洋戦争で空襲を免れたこともあり、県立広島大の調査によると、戦前の建物が約270軒も残る。最近では古民家の所有者が解体を思いとどまり、活用策を探る動きもある。
提案書作りに携わった住民は近く、本町まちなみづくり協議会(仮称)を結成し、景観ルールの住民全体の合意形成を図る。三原城天守台跡を望む高台からの眺めを保つため、6階以上の高層建築を建てないよう努めるルール作りも目指す。
帯賀会長は「景観ルールに沿った建物の改修が一例でも始まれば、地域の機運が高まるはず。10年後を一つの目標に、街が美しく変わったと実感できるようにしたい」と話している。
【中国新聞 2020.01.26】
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三原・本町(西町)の町並(2005年撮影)

この界隈は少しずつではあるが地元が認識され建物や町並の保存に動かれているように感じていたが、ようやく具体化してきたようだ。しかし、記事にあるような整備方法は常套的なやり方ともいえ、ややもすると人工的に整備された感じになり、何処にでもある保存されたような町並になりがちなので、その辺は慎重に計画していただきたいものである。


by mago_emon2 | 2020-01-26 20:53 | 古い町並 | Comments(0)  

白壁の町並み 愛する会設立

府中市上下町の白壁の町並みで暮らす住民たちが、「上下の町並みを愛する会」を立ち上げた。町並みが地域資源であることを再認識し、美化活動などに取り組む。国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)の選定を目指すまちづくり団体とも連携していく。
住民や店舗を構える人たち84人が会員になった。町並みは、なまこ壁や格子窓など明治期から昭和期の面影を多く残す。江戸時代の柱やはりを使う建造物も目立つ。事務局は「歴史的な町並みを次世代につなげていくためには住民による組織は不可欠」と説明する。
白壁の町並みは約110軒の民家や店舗で構成。空き家・店舗は24カ所とここ10年に倍増し、解体されて空き地になった場所もある。重伝建を目指す住民グループ「上下まちづくり協議会」は町並み外のメンバーも多く、設立を呼び掛けた。
25日夜に設立会議があり、魅力を高める活動の展開や活性化事業の支援、住民同士の交流など活動方針を確認した。伊藤敏雄会長(65)は「昔はにぎやかだった。住みよく、住んでみたいと思われる街にしたい」と話した。
【中国新聞 2018.07.27】

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上下の町並(2015年撮影)

上下の町並が重伝建選定に向けて動いていることは、昨年の記事で知ることができた。(上下観光 住民盛り上げ)。
まだまだ実態としては、町並を求めて外来客の訪れが目立つとは言い難いが、定期的なイベントや建物の公開など、地元主体で様々な取組をされている姿からその熱心さ、地元の方々の熱い思いを感じる。
会の名前に象徴されるように、町そして町並を愛する方々が多いのだろう。
その結実であるべき重伝建選定を目指してほしいと思う一方、集客に注力する余りの改変は避けていただきたいところだ。


by mago_emon2 | 2018-07-27 22:26 | 古い町並 | Comments(0)  

都市景観大賞で優秀賞(三次「歴史的街並み地区」)

三次市の「三次町歴史的街並み景観形成地区」が2018年度の国土交通省の都市景観大賞都市空間部門での大賞(1地区)に次ぐ優秀賞(3地区)に選ばれた。住民と行政が一体となった歴史的な街並みづくりや地区内での祭りの開催などによる、にぎわい創出が評価された。
同地区のすぐそばには来春、妖怪博物館が開館する予定で、市は「受賞を励みに多くの観光客を呼び込みたい」と意気込む。
同地区は、みよし本通り商店街を中心とした計約1.4キロに石畳が敷かれた約9.2ヘクタールのエリア。明治、大正時代に建てられた昔ながらの町家や、伝統的な防火壁「卯建(うだつ)」のある住宅などが立ち並ぶ。
地元では1994年、まちづくりに着手。商店主たち地元住民が毎年春祭りを開くほか、三次町歴みち協議会を設けて市と連携して、地区内での建物の補修や増改築時には景観に配慮するよう調整や指導を続けている。市は石畳の舗装や電線の地中化、灯籠を設置した。三次地区自治会連合会も、13の小路を生かした町歩きをしやすいよう、マップや石板を制作した。
こうした一連の取り組みが「地域住民と行政が一体となって、道づくり、街づくりを進めてきた。活発な活動も街のにぎわい創出に大きく貢献している」と国に評価された。
市都市建築課は「歴史的な街並みの中に生活と観光が共存している強みを今後も一層磨いていきたい」としている。
【中国新聞 2018.06.21】
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三次町の町並(2008年撮影・石畳調の舗装は施工済)


三次の古い町並は駅から川を隔てた旧三次町にある。初めて町並探訪の目的で訪ねた頃からすると、見違えるように町並が整備された。
地元三次の方々が強く意識され、守るべく努力を積み重ねて来た結果であると感謝したい。
ただ、私が感じるだけかもしれないが、今施工されている石畳調の舗装は今ひとつ町並を引き立たせる効果には乏しく、せめて地道を思わせるカラー舗装に出来なかったものかと思う。
また妖怪博物館とやらが計画されているということはこの記事で初めて知ったが、この町並資源の魅力を、どのような形で伝えようとしているのか。核心がぶれるのではないかと危惧感を抱いてしまう。
この取組が観光客の集客に重きを置くばかりに、あらぬ方向に曲折してしまわないことを切に願いたい。


by mago_emon2 | 2018-06-23 21:12 | 古い町並 | Comments(0)  

酒蔵通り一帯を調査へ

東広島市教委は、西条酒蔵通り一帯の街並み調査に乗り出す。地区内にある築50年以上の日本家屋を中心に構造や分布、完成時期を把握。街並みの成り立ちを明らかにして重要伝統的建造物保存地区(重伝建)を目指すかどうかの基礎資料とする。
西条酒蔵通りはJR西条駅南の東西約1.2キロ、南北300~500メートル。通りを含む西条地区では明治、大正期の土蔵など既に73件が国登録文化財になっている。これまで酒造関連施設で調査がされてきたが、一般家屋は対象外だった。
調査では、歴史的なたたずまいを残る木造家屋30~50軒を対象に想定。柱の間隔を測って平面図を作ったり、建築時の状況を聞き取ったりするほか、水路や塀、石造物についても調べる。結果を参考に、街並み全体として保護するかどうかの可能性を探る。
市教委文化課は「調査は街並みの保存方針を判断するため。結果によっては重伝建の指定を目指すことも検討したい」としている。
夏ごろに有識者や市民を交えた委員会を設け、調査は外部の研究機関に委託して進める方針。2019年度末の完了を予定する。
【中国新聞 2018.05.10】
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西条の町並を重伝建に。
正直なところ少し突拍子ないようにも思えるが、酒蔵地区だけが注目されがちなこの界隈、旧山陽道沿いでもあり宿場や町家・商家の面影も少なくない。その貴重さをどこまで詳らかにできるか、その結果によっては案外重伝建級の価値もあるのかもしれない。
もちろん、私も知らないことが沢山ある。重伝建以前にまず調査結果を楽しみにしたい。


by mago_emon2 | 2018-05-10 23:28 | 古い町並 | Comments(0)  

街道東城路 美装化へ

庄原市は2018年度、同市東城町中心部の街道東城路一帯で、市道の美装化に乗り出す。城下町の風情が残る町並みに配慮したアスファルト舗装を施し、魅力ある景観づくりを進め、地域の賑わい創出を狙う。
対象区間は、国登録有形文化財の三楽荘や市まちなか交流施設「えびす」などが立ち並ぶ市道2路線の計560メートル。春や秋には観光客でにぎわう日がある一方、住民の生活道路でもあり、日常的な車の通行量は多い。道幅は5~7メートルで、歩行者と車の距離が近いことが懸念されている。
市はこれまでの灰色の舗装から、車道を周辺の建物に合わせて茶色にし、歩道を灰色にして区別することで、歩行者が安心して散策できるようにする。18年度からの3年間で、美装化と、市道沿いのグレーチングの入れ替えなどをする。総事業費は約1億5千万円を見込む。
また、街道東城路のうち南側の県道部分についても、県に同様の舗装をしてもらうよう、調整を進めているという。
【中国新聞 2018.04.25】

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東城の古い町並。2枚目は三楽荘


東城は県北東部、景勝地帝釈峡などで知られるが中心部には見応えのある古い町並もある。もっと知られても良いレベルの町並だが、地元の意識は高く時折町並を舞台としたイベントも開かれている。
この舗装改修計画もその表れだろう。
ただ、美装化とあるようにややもすると人工的な色合い、古い町並に不自然な雰囲気を与えることにもなるため、計画は慎重に行ってほしいものだ。


by mago_emon2 | 2018-04-25 22:25 | 古い町並 | Comments(0)  

酒蔵通り 景観整備

東広島市は2018年度、JR西条駅前の酒蔵地区を東西に走る市道、西条本通線(西条酒蔵通り)を美装化する工事に着手する。一部区間で電線を地中化し、側溝をブロックで覆う。散策する観光客や住民が安全に歩ける環境を整え、趣ある景観を守る狙い。今春に施工を始め、22年度の完了を目指す。

通りは旧山陽道にあたり、酒蔵群が集まる地区のメイン通り。生活道として車通りも多いが、道幅が5~7メートルほどと狭く、歩行者や車が擦れ違いにくい区間もある。
市都市整備課によると、駅前の幹線道ブールバールから東へ約200メートルの区間で電柱6本を撤去し、ケーブル類を埋める。また、その区間を含む約480メートルでは、側溝を舗装用のブロックで覆って車道と区別し、歩行者のスペースを確保する。
市は4~5月中に工事を始める方針。総事業費は5億4700万円。このうち18年度分の事業費として、市議会定例会に提案中の一般会計補正予算案に2億4600万円を盛り込んだ。
通りの美装化は、住民でつくる「酒蔵地区まちづくり協議会」が03年に市へ提案するなど長年の課題だった。市は15年度から調査や設計を進めていた。都市整備課は「観光客がまた来たいと思えるような落ち着いた景観を整え、地区の活性化につなげたい」としている。
【中国新聞 2018.03.17】
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電線を埋設して電柱をなくし、路面を美装化する。
私個人的な感想を言わせてもらうと、それがややもすると景観整備事業としてある意味画一化の方向に走るやにも思えるのだが、一体どのような出来形になるのか、期待半分危惧半分で見守ることにしたい。


by mago_emon2 | 2018-03-18 22:07 | 古い町並 | Comments(0)  

景観に統一感 にぎわい再び(三原市)

広島県は、統一感ある景観づくりで賑わいを取り戻す住民活動を市町と支援する「魅力あるまちなみづくり支援事業」のモデル地区に、三原市本町の「本町西国街道地区」を選んだ。かつての城下町に文化的価値の高い寺社が点在。住民主体の祭事が続いている点も踏まえ、観光客の増加が見込めると判断した。県市は担い手となる住民組織の来年度発足を目指す。
大正地区は、JR三原駅北西に位置する本町1~3丁目の約26ヘクタール。地区を東西に貫く市道の本町中央通りは、江戸期に西国街道として栄え、古い町家が今も残る。通りの北側には、国の重要文化財の山門がある宗光寺などの寺社が斜面に沿って立つ。
早春の「おひな祭り」や夏の「三原半どん夜市」を地元住民らが開いている。ただ、商業施設の郊外への進出などで近年は人通りが減少。景観づくりを機に活気を取り戻したいと、市が県の公募に応じた。県市は今後、電線の地中化や道路の石畳化など景観づくりに向けたハード事業の指針を決めるため、住民組織がワークショップを開いたり専門家を招いたりする経費を折半して負担する。
市は住民組織の設立に向けて調整中。市都市開発課は「町家や寺社は祭りやイベントの舞台ともなっており観光客を呼び込むポテンシャルがある。住民主体の活動をいかに持続させるかを考えたい」としている。
同事業は2014年に開始。これまでに宮島口(廿日市市)東城(庄原市)忠海(竹原市)の3地区を選定し、計2千万円を支出している。宮島口と東城はハード整備の指針がまとまった。
【中国新聞 2017.11.22】


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三原の町並 この近くに「西惣門跡」がある(2004年撮影)


三原市の城下町及び街道沿いの町並は、特に駅の北東側の造り酒屋を中心とした地区が国道バイパスの建設にあたり拡幅され、ほぼ壊滅している。さらにこの記事で触れられた北西側も、質量的に余り残っているとはいえない。私も当分の間、再訪していない町並だ。
しかし少ないながら残る商家の建物や寺社を取り込んで歴史の町をアピールする余地は残されていると思う。
ただ、観光客の取り込みといったとこに傾注しすぎると、結局は余り個性のない画一化されたものになりがちなので、その辺はバランスを持った取組としてほしいものだ。
しばらく注目しておきたい。


by mago_emon2 | 2017-11-23 10:22 | 古い町並 | Comments(0)  

3階建て以上木造住宅減る(大崎上島木江)

 大崎上島町木江港周辺に集まる3階建て以上の木造住宅が、徐々に姿を消している。かつて造船の町の歓楽街としてにぎわった名残をとどめ、観光名所にもなっているが、9棟まで減った。老朽化や住民の高齢化で管理が難しくなっている。
 町によると、木江港では江戸末期から帆船が潮待ちし、造船業でも栄えた。大正期までに旅館や宴会場が並ぶ歓楽街になった。海と山に挟まれて平坦地が少ない事情から、木造3階建てが多く建てられたという。
 戦後、鉄鋼船が主流になると、潮待ちする船が減り、歓楽街は活気を失った。その後、建物は民家として活用され、1980年代には15棟が残っていた。
 郷土史に詳しい町住民課の秋山英雄さん(54)は「木造3階建て以上が群集して残ったのは全国でも珍しい」と説明する。一帯の写真は町の観光パンフレットも飾る。
 しかし、どの建物も築100年前後になった。昨年までに10棟になり、ことしさらに、1棟が壊された。住んでいた70代の男性は「屋根や壁の補修に年間100万円余りかかった。行政の補助はなく、維持が難しかった」と振り返る。
 現存する3階建て8棟と5階建て1棟のうち、居住者がいるのは3棟。他の2棟は倉庫、4棟は空き家だ。
 町地域経営課の森下隆典課長は「歴史ある町並みを守りたいが、保全に向けた町民運動などがなければ、個人の財産に公金を投じるのは難しい」と話している。
【中国新聞 2017.10.31】
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木江の路地 木造3階建が対峙する一角もある(2016.01撮影)

木江の集落は余り全国的には知られていないものの、その外観の独特さは特筆すべきものがある。
島の集落だったから大規模に開発され破壊されることなく、良くぞ残っていると私は思っているのだが、木造3階建の減少は私も実際眼にしてきたところである。
ここに載せた写真のような路地風景は他ではまず見られないもの。
一軒壊されると、連続した町並景観に風穴が開いて、かなり異なったものになる。

記事に掲載されている森下課長の言葉は、重伝建地区などとして公の保存が行われていない古い町並の現実そのものである。






by mago_emon2 | 2017-11-01 22:51 | 古い町並 | Comments(0)