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【雑記】プロ魂の塊だった前田選手

連続の雑記で、また野球ネタで気がひけるが、今年のプロ野球は数々の印象に残る記録で印象に残る1年となった。
東北楽天の田中投手の連続勝利記録、そして球団自身の初優勝。初年度の勝率3割にも満たない惨状からよくぞここまで来たものだ。東日本大震災の影響で開幕が遅れた年、監督に就任したのは実績ある星野仙一であった。中日監督時代の武闘派から、上手く選手をコントロールする名将となり、名監督のひとりに加えるべきだろう。

ヤクルトのバレンティン選手は、入団当初は好不調の波が非常に激しく、一度スランプに陥ると長期間全く打てなくなる時期も多く見られたが、今年は大きく進化した。コンパクトなバッティングを心がけた結果、確実性が増し本塁打も量産できるようになったという。結果として王貞治氏などの記録を更新する歴史的な打者になったわけで、彼は日本に来て成長できた選手であり、外国人選手という思いを取り払って祝福すべきだろう。

そして後一人、長年広島を支えてきた前田智徳選手の引退発表、シーズン序盤に受けた死球による骨折の回復が思わしくないことが直接の理由だというが、確かにそのときのあれほど怒りをあらわにする前田選手の姿には驚いた。それをチームメイトも察して、直後に両軍入り乱れてコーチ同士のもみ合いに発展したのだが、選手生命の危機に及ぶような死球であると彼は即座に感じたからに違いない。
怪我に泣かされその技術が十分に発揮されないままの野球人生だった。しかし、2000本安打を始め、記録にも記憶にも残る選手となった。「辛い野球人生だった」という引退会見の言葉が印象に残った。
本塁打を打っても、表情一つ変えない姿を何度も眼にした。
あの時怪我をしていなかったらと、それがずっと悔いに残っているようでもある。しかし晩年に代打専用になってからも、随分勝利に貢献してくれた。
昨年観戦したときも、決勝打を放ったのを見た。これが直接見た最後の雄姿であった。

by mago_emon2 | 2013-09-28 00:19 | 雑記 | Comments(0)  

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