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「言葉」に関する旧雑記二題

【No.28/2012.06.12の記事】
今日スポーツ番組を見ていて、ある球団の新人選手が初めて試合で目覚ましい活躍をし、「お立ち台」での発言で違和感を感じたのは私だけだろうか。
「球場にお母さんお父さん、叔母さんが来ているので・・」と彼は言い、その言葉に球場の観衆は盛り上がった。
しかし、こうした場合、本来は父・母・叔母というべきであろう。身内の人間に敬称を付すのは日本語的に(文法的というより体裁的に)望ましくない。
職場でも、この選手より5歳程度年長の後輩も自分の奥さんのことを「うちの嫁さん」などという。彼に言わせると「(第三者に対して)どう呼んでいいかわからない」のだそうだ。
これらは特に学校教育で徹底されるものではなかったと思うが、社会に出るまでに一般常識として自然と身についていたものだ。しかし20代以下の若い世代では、親や教師など見本となる大人がそのような言動を示していなかったためか、あまり身についていないようである。

【No.4/2007.02.28の記事】
今日ネット上の記事で、先日某テレビ局の女性アナウンサーが乗った車が追突され、数日間入院を余儀なくされた件について、その実妹が「謝罪」したという記事があった。
これを見て私は最初意味がよくわからなかったが、どうも周囲に心配をかけたことを説明したということだった。しかしそれがなぜ「謝罪」なのか。何かその女性アナウンサーは犯罪行為をしたのか。
そのアナウンサー自身が運転する車が他車に追突したというのならまだ筋が通る。しかし、なぜこのようなケースで謝る必要があるのだろうか。
近年、有名人の退院会見などでもこの言葉が使われるのを見て、かなり違和感を感じていたが、今回のはそれを通り越して、意味不明としかいいようがない。
この使い方が正しいなら、例えば空き巣に入られた被害者でも、心配をかけたということで「謝罪」をしないといけない。
もう一つ「号泣」も同じように、メディアで濫用されるのが気になる用語だ。本当にその人は大声で泣いたのかと問いたい。

by mago_emon2 | 2013-09-25 23:33 | 雑記 | Comments(0)  

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