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鞆町発信拠点整備へ

福山市は鞆町で、歴史的な町並み保存の拠点施設にするために購入した、古い商家の再生を本格化させる。近く、敷地内で倒壊の危険のある土蔵などの解体に着手する。策定中のまちづくりビジョンとも整合を図りながら、本年度中にも活用策の議論を始める見通し。
国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)を目指す市の伝建地区(約8.6ヘクタール)の中央部にある。木造2階建ての主屋(延べ214平方メートル)は明治期に建てられ、現存例が少ない跳ね上げ式の板戸「ブチョウ」が残る。市は保存対象の主屋の修理に先駆け、来年3月までに土蔵や戦後に建築した工場など計4棟を解体・一部解体する。11月、約990万円で発注した。
市が施設を購入したのは2011年度。12年度に応急処置をして以降、国の補助を受けられる重伝建選定をにらみ、整備を見送ってきた。だが、建物の老朽化が進む状況を踏まえ、本年度当初予算に解体費と、施設の基本・実施設計費(2200万円)を計上した。
市は、町並み保存に関わる情報提供や観光案内の拠点として活用を想定。11月末、ビジョン策定に向け開いた住民意見発表会では、修理修繕の相談窓口や、祭りで引き回す布団だんじり「チョウサイ」の保管展示などのアイデアが出た。
市文化課は「ビジョン策定状況を踏まえ、活用策を練る」とする。市は15年度から、町並みの保存を進めるため、伝建地区内の歴史的な町家の修理の補助率を高めている。
【中国新聞 2016.12.15】

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市が町並保存の拠点にするために旧家を購入していた件は知っていたが、具体的な活用の話が聞こえてこなかった。この記事を読むと、重伝建地区となることを前提にしていたことがわかる。
なかなかそれが叶わないので、しびれを切らして手を打たざるを得ない状況になったのか。
それにしても、鞆の重伝建地区選定を妨げているものは何なのか、詳しく知りたいものである。


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by mago_emon2 | 2016-12-15 23:09 | 鞆の架橋計画と町並保存 | Comments(0)  

「観光維新」の志士・・着物、レンタルに活路

「古地図がそのまま使えるまち」が萩の城下町の売り物。だが、かつて賑わった商店街は空き店舗だらけ。アーケードを抜けた辺りから広がる城下町も無人の古民家・廃屋が多く、名所旧跡の所在が思い出せない。
9月中旬、立寄った呉服店の店主が「まあ、お茶でも」と迎えてくれた。「商店街も寂れました」と語る一方、10月の週末には4千本の竹筒の灯籠で夜の城下町を彩る「竹灯路物語」や、着物で城下町を歩く「着物ウィーク」、その後も「萩ふるさとまつり」など催しが目白押しという。「変わったそばでも食べますか?」。温かいせいろは絶品だった。人情が厚く、宝の山だ。このまま衰退する街ではあるまい。
武家屋敷や豪商の旧家が残る城下町で、何度か立ち寄ったのが「キモノスタイルカフェ」。武家屋敷を改造した店で、向いは木戸孝允(桂小五郎)旧宅跡。岡田窯の新鋭作家、岡田泰さん(40)に特注した萩焼のカップでコーヒーを飲んでいる傍らには、店内で和服に着替え、観光に出かける女性グループやカップル、ちょんまげ頭に刀差しの侍に扮した男性の姿がある。ここを営むのがキモノレゾンデートル社長の関伸久さん(43)だ。
経歴が面白い。呉服店に生まれ、萩高を卒業後、「いずれUターンして起業したい」と、着物と縁の深い京都の大学だけを受験し、立命館大学経営学部へ進んだ。フランス留学の経験もある。フランスの友人が来日した際、土産に着物の婚礼衣装を贈ったが、後日、その友人宅を訪問すると、天井から着物が芸術品のように飾られていた。それが着物のレゾンデートル(仏語で「存在価値」)を再認識した瞬間という。
卒業後は大手銀行に就職し、「多くの中堅・零細企業の社長に会って徹底的に経営を学びました」。そして「不況時こそ企業のチャンス」と考えた。上司も理解してくれた。2008年9月のリーマン・ショックを機に、13年間勤務した銀行を09年2月に退社し、Uターンする。
読みは的中し、不況下だからこそ萩の観光地の真ん中に絶好の物件を見つけた。ビジネスの主軸は「プロ・アマの差が大きい呉服」に決めたが、商売の難しさは熟知している。そこで当時は珍しかった和風の高級カフェで、萩名物の夏ミカンジュースなどのメニューを萩焼の器で提供するカフェ事業で基盤を固めた。
(中略)本命の呉服は、婚礼では当たり前の「着物レンタル」。京都のようにリピーターが望めないへき地の城下町観光を、レンタル着物で楽しんでもらう「コト消費」ビジネスだ。料金も格安な4千円以下に設定し、並行して、送料無料(遠隔地を除く)の着物レンタル通販も始めた。
JR西日本は来年1月29日、山陰本線の新下関-仙崎(長門市)間で運行してきた「みすゞ潮彩」を廃止。「幕末維新やまぐちデスティネーションキャンペーン」の一つとして、同9月から新下関ー萩駅間で新観光列車を走らせる予定だ。萩では2年後の明治維新150周年に向け、来年3月に毛利藩の藩校「明倫館」跡地を一大観光拠点にするなど幾つかの大型プロジェクトを胎動する。「その先をも見据えた面白いことを仕掛けたい」と語る関さんは、「観光維新」の志士だろう。
【日本経済新聞 2016.12.10】

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萩の町並 上:武家地区, 下:商家地区

萩を訪ねた観光客の感想として、「思ったより古い建物が少ない」というのが少なくないと聞く。実際は多くあるのだが、観光客が主に訪れるのは萩城城下町と称された菊屋家を中心とした一角、周辺の松陰神社などの史跡くらいなので、そのような印象になるのは無理ないだろう。
私は、萩の良さを感じるには、ツアーなどで訪ねるのではなく、個人でそして時間をかけることをお勧めしたいところだ。出来れば泊る方が良い。それでも時間がないというのであれば、例えばこの記事にある着物レンタルなどでその気になってみるのも一つあるかもしれない。
この関氏のような地域に根ざし、創意工夫の観光ビジネスは大いに価値あるもので、私は利用することがなさそうではあるが応援はしたいものだ。


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by mago_emon2 | 2016-12-11 17:08 | 重伝建保存地区 | Comments(0)