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40回目の夏 三次が躍動

今年で40回目となる三次の夏のイベント「三次きんさい祭」が25日、三次市中心部であった。紙太鼓を打ち鳴らして踊る「三次どんちゃん」を中心とした市民大パレードなどで盛り上がった。節目を記念して、歌手今井絵理子さん(31)をゲストに招いた、広島土砂災害の復興チャリティーコンサートもあった。

パレードには、62団体約3千人が参加。午後5時過ぎ、同市三次町の三次商工会議所前から順次スタートし、巴橋を渡って十日市東の出会いの広場まで約1.5キロを練り歩いた。「よいとさー」。法被姿の参加者が軽快なリズムの紙太鼓、しの笛の音に合わせて威勢の良い掛け声を響かせた。
コンサートは、三次町の市民ホールきりりであり、訪ねた約600人が耳を傾けた。今井さんがソロで4曲を熱唱。最後に三次市内の子ども、広島市安佐南区の子ども合唱団のメンバーたち約50人と一緒に、東日本大震災の復興支援ソング「未来につなぐメッセージ」を手話を交えて合唱した。
参加した同区の梅林小6年川本葵さん(11)は「当り前の生活が送れることに感謝を込めた」と話していた。
祭りは、1976年に始まり、三次青年会議所と三次商工会議所、市でつくる実行委員会の開催。
【中国新聞 2015.07.26】

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三次町の町並

三次の市街地は駅に近い十日市地区と川向うの三次地区にわかれ、後者の方が古く伝統的な商家の連なる古い町並が残っている。この祭にはまだ訪ねたことがないが、旧市街地を中心に行われ、それが町並の貴重さ価値を再認識する機会になっていることだろうことが推察される。
私が初めて三次町を訪ねたころは全く意識した色は感じられなかったが、以後徐々に看板の設置、町家の修繕などが行われている。
この祭りが、住民と町並の保存とをつなぐ鎹のような役割を果たしてくれることを願いたい。

余談だが、今井絵理子さんももう30代なのかと、驚いた記事でもあった。

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by mago_emon2 | 2015-07-27 21:43 | 町並イベント | Comments(0)  

白市交流館で事業仕上げ

江戸時代の町家や赤瓦の家並みが残る東広島市高屋町の白市地区に、市が白市交流会館を来春開設する。住民の要望を反映し10年前から進めてきた「街なみ環境整備事業」の一環で、地域の歴史文化を発信する場とする。事業計画に基づく最後の施設整備となる。

集会所「長寿会館」を解体、跡地に新築して開設する。木造平屋約160平方メートル。赤瓦と白壁で、外壁の一部は杉板とする。日中、自由に出入りできる交流スペースには、地区の歴史や文化を紹介する資料を置く。トイレとともに観光客の利用も想定する。多目的室は、有料でイベントや会議に使える。
敷地造成や建設にかかる費用は8600万円。9月ごろの着工を見込む。
市は2005年度、白市地区を対象とする街なみ環境整備事業計画を策定した。国の重要文化財、旧木原家住宅などがある約8.6ヘクタールが事業地区。住民が1997年に発足させた白市景観形成委員会から寄せられたアイデアを盛り込んだ。
事業では、景観を守りつつ観光客が散策しやすい環境を整えてきた。
主な道路を土色のカラー舗装とする/公園2カ所の整備/観光案内板設置-などに取り組んだ。総事業費は1億7千万円。
委員会の大多和孝会長(82)は「昔に比べてまちづくりをしようという意識が住民に根付いた。交流会館ではイベントを企画したい」と意気込んでいる。
【中国新聞 2015.07.21】

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江戸期の商家建築・木原家(重文)

白市地区は中世の城下町に由来し、江戸時代にはそれを基盤に商業町として栄えた。今では何故こんなところにと思わせる尾根筋のような場所にあるが、中国地方で最も古い商家建築とされる旧木原家をはじめ伝統的な町家が多く残り、古い町並を形成している。
東広島市内には有名な酒蔵の町並があって、その知名度に比べると白市は知っているのが恥しいくらい知られていない。しかしこの旧木原家をはじめ、貴重な在郷町の面影が濃厚に残る貴重な文化遺産だ。
私がはじめて訪ねたころは木原家が一般公開されていた程度で、訪ねる人もほとんどなく全くの素朴な町並という印象だった。それは今でも大筋では変わらないが、探訪客用駐車場の整備、広島大学の学生によるアートプロジェクトの舞台になるなど、徐々にその貴重さが認識されているのは感じていた。
今回の交流館が、旧木原家とともにこの町並の核をなす施設となることを願ってやまない。

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by mago_emon2 | 2015-07-22 21:57 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

原爆被害 歩いて学ぶ

広島市南区出汐にある被爆建物の旧陸軍被服支廠(ししょう)の周りを歩く「こどもサマーピースウォーク」が18日あった。市内の親子連れたち67人が参加し、原爆被害の悲惨さを学んだ。
参加者は、被服支廠から大河公民館まで約1kmを巡った。市民団体の案内役は、折れ曲った鉄の扉を前に「爆風がどんなに強かったか想像してみて」と語り、子供たちは真剣にメモした。
大河公民館などの主催で、参加者は被爆者の体験談も聞いた。母親と歩いた牛田小6年の原田光君(12)は「壁が黒くなっていた。あらためて原爆は怖いなと感じた」と受け止めていた。
【中国新聞 2015.07.19】

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幹線道路から少し中に入ったところにあり眼につきにくいため、余り知られていないこの建物。しかし被爆建物の中ではその規模は最大のものといってよいだろう。
一時は運送会社の寮などに使われていたが現在は利用されていない。しかし先日も演劇が上演されるなど活用される事例も出てきて、徐々に貴重な建物であるとの認識が広まってきたようだ。
このレンガ建築横の路地も、良い散策路として風情をかもし出している。

また記事にもあるように、この建物には原爆の証人という別の重要性もある。
費用を投入してでも保存し、可能であれば何かの施設として公開していただきたいものだ。

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by mago_emon2 | 2015-07-20 10:45 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

上下の翁座 補修スタート

府中市上下町の住民有志でつくる「上下まちづくり協議会」は、大正時代の芝居小屋「翁座」の補修工事を始めた。屋根瓦の交換など緊急性が高い6項目について進め、7月末の完了を目指す。
隙間ができるなどして雨漏りの原因となっている屋根瓦のほか、破損した白壁の修理、腐食の進んだ天井板の張り替え、つり天井を固定する部材の補強などをする。
同協議会によると、4,5月に翁座の老朽化に関する調査をし、建物の維持のためには少なくとも14項目の補修が必要と判明。費用は計637万円と見積もった。このうち今回進める6項目の費用は計490万円という。
同協議会は県と市の補助を受けて取組んでおり、「翁座の長期的な保存に向けた一歩にしたい」としている。今回の補修の完了に合わせ、8月1日に翁座でイベントを開くことも検討している。
【「中国新聞」2015.07.04】

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翁座の内部(2002年12月撮影)

上下町はかつて石見大森の銀を運ぶ街道上で重要な役割をもち、町が発達した。現在でも伝統的な古い町並が残り、最近になって整備された。
私の感覚では、失礼ながら上下は山間の田舎町というイメージでしかなく、訪ねてその歴史を知って初めて重みを知ることとなった。
この翁座という芝居小屋が存在したのも、町の賑わいを象徴するものだったのだろう。
今ではネットの発達その他によって、エンターテインメントは多岐に及び芝居小屋というものもほとんど廃れてしまったのだが、かつては町最大の娯楽スポットだったはずで、凝った造りの舞台や屋根、欄干など貴重なものである。
町家建築の保存よりはるかに重い価値がある。ぜひとも成功させてほしい。

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by mago_emon2 | 2015-07-04 21:23 | 伝統的建造物 | Comments(0)