<   2015年 01月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 

【松浦亜弥さん】業界そして世間の待望論に応えてくれる日が来ることを信じて・・

時々唐突にもこれまで彼女のことを思うままに書き留めてきた私だが、今回も然りで、昨年後半の妊娠及び出産発表を受けての思いをまた少しつづってみたい。
実は私、前回記事を書いてからの変化として、彼女の魅力を少しでも知ってほしいという思いから動画サイト上にアカウントを設置しライブ映像等を公開するようになった。(動画の出典が主にDVDなどの商品であり、ここでURL等を表示するのは控えますが)
そんな中、妊娠発表後、本人不在にもかかわらず世間に小さなさざなみというか、思いがけぬ彼女への反響が起る出来事があった。11月、とある音楽プロデューサの彼女に関するインタビュー記事がYahooトップを飾ったことが発端だろう。
動画サイトをはじめ検索数が急騰、私のアカウントもそれまで細々くすぶっていた程度が突然桁違いのアクセス数を得た。同時にオリジナルアルバム「Click you Link me」がiTunesチャートで突然上位に食い込み、それを受けての動きなのか、所属事務所の公式サイトでは、2013年末に東京丸の内で行われたライブが公式映像として公開された。さらに12月になって、このライブの模様が商品化されることがわかり、都市部ではライブ映像が街角のスクリーンに流れ、宣伝もされているようだ。
この盛り上がりに私は嬉しいとともに、本人不在という状況で少し複雑な思いでもあった。

12月下旬になって出産が発表されて、再び私のアカウントで異変が発生した。アクセス数自体はそれほど劇的な増加はなかったものの、変化があったのは女性の視聴者層だ(YouTubeには様々なアクセス解析機能がある)。それまで女性については、松浦亜弥さんの同年代にあたる25~34歳が圧倒的に多かったのだが、以後18~24歳の若年層が突出し、その傾向は年明けしばらくまで続いた。
10年を超える恋愛を貫き通したこと、体調に不安を抱えながらの妊娠そして出産であったこと、それらが若い女性たちに共鳴したのだろうと思う。なので、今後再始動の暁には、これまで余り目立たなかった女性ファンがかなり台頭してくるのではと。アイドルならともかく、女性歌手・ヴォーカリストさんというもの、同性の支持を得ることはとても重要なことだ。

とはいえ、まだ首も据わらない乳児を抱えてのこの時期、こんなことを言うのは早すぎるだろうし、10代の頃からの夢だったという家庭、子供に愛情を注ぎたいという部分は女性として人間としてとても大切な感情であるから、それを邪魔したくはない。
その一方で、ひとしきり話題になって今が一番売り出しのチャンスともいえる状況下で、そのほとぼりが冷めぬうちに何か動いておくと全然違うのになと、葛藤を覚える。これはファンの焦りから来るものであることは私もわかっているし、本人は恐らく、体調面の不安を抱えながらようやく得た家族を持つ幸せに浸りたいと思っている筈である。

d0328255_0443321.jpg


彼女の身近な人のブログ、その他いろんな情報を見聞きする限りでは、彼女は今後も歌いたい、活動を続けたいと思っていることは間違いないようだ。ただその前に育児に時間を注ぎたいというのも同時に伝わってくるところ。だから私の感じるところからすると、30歳というのが一つの区切りではないかと。丁度デビュー15周年になるし。
ただ、その間に何か1枚出すとか、顔見世的なライブでも良いし、何らかの形で我々に姿を見せてくれないかな・・・それだけでもせっかく機運が高まっている中随分世間一般の反応も違ってくるだろう。
かつてのファンクラブ会員限定みたいな形でもよいし、歌でなくてもラジオでも何でもよいから、元気な姿を見たい、声を聞きたいところ。それが今の率直な思い。

そして、30歳から・・?は本格的に魅せてくれればなにも言うことはない。それには少しのトレーニングが必要になるとは思うけど、魅了されるだけの技量と表現力を持っているのは間違いないことなので。
世間のイメージを一新してほしい。それは決して彼女にとっては、一度その気になれば決して困難なことではないと思っている。

これ以上書き連ねると私の都合の良い要望みたいになってしまうので、今回はこのあたりで。


最後に。
人によって感じ方、捉え方はさまざまであるから、いちがいには言えないが、感受性に今ひとつ乏しいと思う私の中で、歌を聴いて涙が出るという体験をしたのは彼女が初めて、そして唯一ということを記しておきたい。
[PR]

by mago_emon2 | 2015-01-16 00:47 | 雑記 | Comments(6)  

「ポニョ」の港町、渋滞対策で広島県が新提案

アニメ映画の「崖の上のポニョ」の舞台イメージとして知られる広島県福山市鞆の浦地区。江戸時代の港町の景観が残り観光客に人気のエリアだが、道幅が狭く交通渋滞が多発する問題を抱える。広島県はこの地区で渋滞解消などを狙う様々な対策を検討してきたが、2014年12月7日、新たなプランを提案した。
新たなプランは、地元住民との協議会で提示。既存県道を部分的に拡幅して待避所としたり、電柱を地中化したりすることなどで車両通行の円滑化を狙う内容だ。15年度の取り組みとして提案した。12年に同県が示した、地区の山側にトンネルを掘削してバイパスを建設する方針については、具体的なプランの提案を先送りした。
この問題に対して県はもともと、同地区の港湾部を埋立てて道路橋を架設する計画を提示。しかし、「景観を破壊する」と住民の一部が反対し、訴訟に発展した。結局、県はこの案を撤回し、その後に示したのがトンネル案。だがトンネル案にも、住民の一部から反対の声が上がっていた。
12月7日の協議会で県が示したプランには、渋滞解消策に加えて、高潮対策として既存護岸を増築する計画の案も盛り込まれている。
鞆の浦に面している護岸について、04年の台風で高さ不足のために越流が生じた箇所があることを指摘して、増築を提案した。優先度が特に高いとした箇所は、観光名所となっている鞆港の常夜灯付近の西地区とその東側の道越地区で、延長は約300m程度だ。常夜灯より西側の江之浦元町地区から焚場地区までの延長約300mについても、高さ不足を理由として、幅3mの管理道路が付いた護岸の整備を提案した。
県は、これらの渋滞対策や高潮対策を15年度予算案に計上することを目指し、今後も住民に対する説明と意見交換に努める考えだ。
【「日経コンストラクション」 2015.01.12号】

d0328255_21414358.jpg

常夜灯付近(満潮時の様子)

この記事で驚いたのが「護岸の増築」という新しい提案だ。
確かに常夜灯付近は江戸時代からの「雁木」と呼ばれる階段状の船着場がそのまま残っており、満潮時にはその多くが水没する。高潮の折には越流してしまうこともあるのだろう。
ただ増築といっても埋立地などの港湾部で行われているコンクリート擁壁による護岸では景観が台無しである。港の景観と常夜灯、古い建物の間を遮断してしまうことになる。これはある意味、架橋よりも景観に与える影響が大きい。
ついつい架橋問題ばかりに眼が向いていたが、確かに常夜灯付近は護岸と呼べるものがない。探訪や観光で一時的に訪ねるだけだったこともあり、高潮や越流被害を受けるという点については、私は思いもしなかった。
何卒提案が通らないでほしいと思うが、住んでいる方々にとってはまた話は別。高潮被害に遭っては元も子もないのである。東日本大震災を契機に、未曾有の災害の想定というのも現実として考えなくてはいけない情勢になってきている。
[PR]

by mago_emon2 | 2015-01-14 21:55 | 鞆の架橋計画と町並保存 | Comments(0)  

「國安家住宅」買取へ

岩国市は、錦帯橋近くにある国登録有形文化財で江戸時代の町家建築「國安家住宅」を買い取り、2015年度に観光交流拠点として改修、整備する。16年春の観光シーズンに間に合うよう、同年3月頃の供用開始を予定している。
國安家住宅は、江戸時代から鬢付け油を製造販売していた松金屋の建物。1930年に閉店後、國安家が買い取った。現在は使用されていない。
錦帯橋周辺の同市岩国・横山地区では、住民や学識経験者たちでつくる委員会が13年度、城下町のたたずまいや錦帯橋と歩んできた暮らしを魅力として生かすまちづくりの事業計画をまとめた。既存建物の活用や交流施設の整備を求める住民の意見を踏まえ、市は國安家住宅うぃ観光交流拠点として活用できないかを検討、所有者と買い取りに向けて話し合いを進めてきた。
市によると、14年度中に土地と建物を取得。15年度に、柱を補強するなどの改修工事を実施する。取得と改修にかかる費用は約1億円を見込む。パンフレットを置くなどの観光案内機能のほか、休憩スペースやトイレを設ける計画で、観光客が気軽に立ち寄れる施設を目指す。地域の集会所としても活用する。
【「中国新聞」2015.01.01】

d0328255_11315426.jpg

國安家住宅(右手前)

錦帯橋を挟んで、かつて右岸側は城内地であり、左岸側は町人町であった。
観光客は橋を渡って城内地側は一通り巡るものの、町人町地区に足を踏み入れる人はほとんどいない。
この地区は國安家をはじめとして伝統的な町家建築、洋風建築が多く、古い町並として十分なものが残っている。
旧町名を表示するなど、わずかに外来客を意識した色が感じられるが、建物の改修等が行われた旧家は全くなく、それがある意味貴重といえる。
このような町並は、やがて徐々に古い建物が取壊されやがて家並から歴史を感じ取ることが困難となる。それを食い止めるには、外来客を誘導しそれを意識した町の改造を行う事も一つの手である。
それが度を過ぎるとまた問題ではある。そのあたりの加減は難しいものではあるが、この國安家住宅を皮切りに、いい意味で町並が活性化してほしいものである。
[PR]

by mago_emon2 | 2015-01-04 11:47 | 伝統的建造物 | Comments(0)