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鞆関連4億7900万円 (関連)2014.01.25「鞆まちづくり調査に予算」

福山市は18日発表した2014年度当初予算案に、広島県が12年6月に鞆港埋立て・架橋計画を撤回した鞆町のまちづくり関連費を4億7900万円計上した。市鞆支所の現地建て替えに向けた解体など5事業。住民の生活利便性の向上を図る。
(中略)観光振興の一環で、仙酔島と結ばれる市営渡船場の雁木を改修する。演歌「鞆の浦慕情」を歌うAKB48岩佐美咲さんを押し出した観光PRにも取り組む。
鞆のまちづくりをめぐっては、件も交通処理、防災対策、まちづくり基金の在り方を検討する調査費を予算案に計上した。羽田市長は18日の記者会見で、「県の調査やそれを踏まえた事業に住民意見が反映されるように市も具体的な役割を果たしたい」と述べた。
一方で、湯崎英彦知事が町民全体を対象に架橋撤回後のまちづくりの説明会を開く意向を示していることについて羽田市長は「知事と架橋賛成派団体との3度の懇談は折り合う気配がまったくなく、説明会を開ける環境にない。知事自らの言葉で鞆への熱い思いを語り、機運を醸成することが前提」と話した。
(「中国新聞」2014.02.19)

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「まちづくり」と「架橋撤回」がなぜセットなのか、私は鞆の問題を思うときとにかくこの1点が未だにどうしても理解できない。
保存地区への選定にあたって、架橋など景観を損ねる計画があることがネックになるということを聞いたことがある。しかし県・自治体レベルでの取組は可能なはずである。この4億数千万の予算、記事を読む限りでは町並そのものの保存にはほとんど差し向けられていないように思われる。
岩佐美咲さん、私はよく知らないが、メディアで最近この曲のことが時折紹介されているのを見る。そのことで鞆の知名度が全国的に高まっているだろうことは想像がつく。
上げ潮の時期なのに、実態としてこのようなゴタゴタが未だに内在しているのは嘆かわしいというほかない。
このコーナーであまりこんなことは言いたくないのだが、とにかく行政の先送り体質によって文化が振り回されたり色あせてはならない。
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by mago_emon2 | 2014-02-20 01:46 | 鞆の架橋計画と町並保存 | Comments(0)  

古民家拠点に三原おこし

三原市の三原観光協会が、市中心部で長期間空家となっている古民家を観光振興の拠点として活用する。第一弾として、3月1・2両日に昭和の街並みの写真展やジャズコンサートを開く。

古民家は築約100年で、木造2階建て延べ330平方メートル。江戸時代から1970年代まで商業の中心地だった本町の商店街にあり、銀行や呉服店、乾物店として使われたが、20年ほど前から空いていた。
昨年末から同協会の観光コーディネーターを中心に、尾道市などの古民家再生事業を参考にして地域活動の拠点にするよう準備。同協会が広島市内の所有者から借り受け、11日には20人の市民ボランティアと観光コーディネーターが、天井や床の大量のほこりを取り除くなどした。
今後は、市民の協力を得て、土壁や床板を改修する。三原観光協会は市民グループや地元の音楽家などに発表の場として提供する方針。
【「中国新聞」2014.02.08】

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改修される旧家。これは2003年撮影のもので、現在は2階窓枠など少し損傷が大きくなっている。


三原の古い市街地は駅より北側の区域である。10年ほど前まではそれでも渋い町並が展開し、東町には造り酒屋の織り成す風景もあった。
国道バイパスの建設が始まって、東町は古い町並としてほぼ壊滅、この旧家のある本町から西町にかけてはわずかながら風情が残されているものの、かつてここが商店街であったことが信じられぬほど活気が全く感じられなかった。
この旧家は長らく空家だったというが、逆によく20年も取り壊されずに残ったものと思う。この界隈で最も重厚な貫禄を感じさせる建物だけに、ここに新たな命が吹き込まれ、建物が活用されるのは嬉しいことだ。
この記事を見て、私が将来的に期待したいと思ったのは、この建物の活用がきっかけとなって、周囲にも保存意識が波及し、伝統的建物が整えられ古い町並が復活することだ。
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by mago_emon2 | 2014-02-19 00:39 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

【雑記】今回こそは煙草と縁が切れるか

私は成人してからほとんどの時期を喫煙者として過ごしており、これは今思うと誠に不本意なことだ。学生時代のアルバイト先が喫煙者率の非常に高い環境で、最初は毛嫌いしていたが勧められて吸い出したのが運の尽き、であった。
当時の煙草の値段は今の半分ほどだったが、これまでどれだけ投資したか計り知れない。

煙草を吸われた経験のある方は理解いただけるだろうが、心から美味いと思って吸う煙草は滅多になく、そのほとんどは手持ち無沙汰、極端に言えば手悪さの一種にもなり下るものだ。いい煙草と思えるのは食後の一服、コーヒーを飲みながらの一服くらいだろうか・・。

今年の年明けから禁煙治療をスタートさせ、ここ1ヶ月は全く煙草を手にしていない。以前、2年余り止めていたことがあるが、職場のストレスが要因になってなしくずし的に再開してしまった。
基本的には煙草がなくても支障がない身体になっているが、仕事その他のストレスのレベルは以前禁煙したときよりはるかに高い。やはりまだ吸いたくなる時がある。

煙草が1000円くらいに値上がりしてくれれば、それこそ間違いなく訣別できるだろうが・・・・・・・・・。

まあしかし、せっかくここまで絶っているのだから、無駄にしないよう続けたいものである。とりあえず3ヶ月。
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by mago_emon2 | 2014-02-14 00:21 | 雑記 | Comments(2)  

「京橋会館」跡地に多世代居住複合ビル

被爆地復興のシンボル的な建物だった広島市南区京橋町の市営住宅「京橋会館」の跡地に7日、民間主導の再開発ビル「フロンテージ広島」が完成した。バリアフリー設計の高齢者向け市営住宅と、分譲マンションが一体化。多世代が交流する生活空間になる。

JR広島駅から南西約400mの好立地にあり、鉄筋21階建て、延べ1万4600平方メートル。ホテル経営のレガロホテルシステム(中区)などの企業体がビルを建て、市営住宅部分を市が買い取る手法をとった。
市営住宅は3~5階部分で1DKの間取りが18戸、2DKは10戸。60歳以上の入居を前提とし、部屋や廊下の段差をなくして引き戸や手すりを設けた。日中は、安否確認など暮らしをサポートする相談員が駐在する。
京橋会館は1954年完成の4階建て。外観と中庭を取り囲む「ロ」の字型の構造が特徴だった。老朽化のため、市は07年に更新を決めた。旧住民の15世帯が4月以降、新たなビルに戻る。続いて市は、残る13戸の入居者を公募する。
(後略)

【中国新聞 2014.02.08】

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戦後建てられた、アパートの前身ともいえる集合住宅といった公営の建物が最近まで現役であったこと自体が特筆されることだろう。四面をアパートに囲われ、中庭ともいえるスペースは子供の遊び場であり、物干し場でもあり、また住民たちの交流の場にも利用されていた。
私は子供の頃ここに母の知り合いが住んでおられたこともあり、何度か訪ねた覚えがある。当時(30年以上前)はその知り合いの人の、私より少し年少の子供と遊んだりした記憶がある。そのような子育て世代が多く住んでいたようで、活気が感じられた。1階部分には店舗も入っていた。

上の写真は建て替え決定後の姿であり、住民の多くが引き払った状態であったこともあるのだが、かつての賑わいは想像すらできない状況だった。
戦後としては非常に斬新な住居形態であったはずだが、何時しかコミュニティーよりプライバシー、セキュリティーが優先されるようになり、建物自身の老朽化もあって時代遅れになってしまったのだろう。
ある意味、古い町並と同様の現象がこの建物に凝縮されているようにも思う。

サイト内の記事は、
「街の風景5 -集合住宅-」
http://www.kyoshu-komichi.com/machifukei5.html
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by mago_emon2 | 2014-02-08 23:15 | その他 | Comments(0)