カテゴリ:伝統的建造物( 23 )

 

尾道3小 進まぬ耐震化

尾道市中心部の3小学校(久保・長江・土堂)の校舎耐震化について、市教委の方針決定が遅れている。2016年度中の決定を目指したが、敷地が土砂災害警戒区域に指定される可能性などが出て先送りに。一方で、戦前に建てられたコンクリート建物の景観的価値を指摘する声もある。

同市立の小中学校は約40校。3校を除き、いずれも耐震化を終えるか、めどが立っている。市教委は市議会などで、16年度中に3校の耐震化の方針を決めると説明してきた。
3校とも経年劣化で鉄筋の腐食などが進む。市教委が14~16年度に実施した診断では、久保小(1933年築)は耐震補強可能の判定。長江小は管理教室棟(64~66年築)がコンクリートの弱い部分を壊せば補強可能、特別教室棟(67年築)は補強不可能と判定された。土堂小は37~64年築の3棟がいずれも補強可能だった。
だが、市中心部の斜面地にある3校は、工事車両の進入路や仮設校舎建設の際の代替グラウンド確保などの課題がある。市教委の安藤文夫学校施設整備担当主幹は「工事による住民生活への影響も考えなければならない」とする。
さらに、広島土砂災害を踏まえて県が進める調査で、土砂災害警戒区域などに指定される可能性もある。「災害時の避難所としての適正も考慮する」と安藤主幹。県は市教委の要望を受け、18年度に予定する3校学区の調査を前倒しする検討を進めている。市教委は調査結果を待ち、方向性を決める方針だ。
市教委は当初、久保小と土堂小が歴史的建造物であることを考慮し、外観に影響を与えない耐震補強を模索していた。現在は外観にこだわらない形で検討している。
歴史ある建物は尾道の景観をつくってきた。福山市立大都市経営学部の西川龍也教授は「土堂小は中世から現代までが混在する尾道らしい街並みの一部。校舎の下を生活道路が走る景観も独特」モダンな外観で、御影石製の手すりなどを備える久保小についても「文化財として活用する価値がある」とする。
西川教授は「安全性が重要」とした上で、「他の自治体では博物館に転用するなどの例もある。斜面地全体のビジョンを持つべきだ」と訴える。市教委の松尾寛教育総務部長は「市の考えを押しつけるのではなく、地域の方々と一緒に考え、理解を得ていきたい」と話す。
【中国新聞 2017.05.14】
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土堂小(2016.6撮影)

学校建築というのも、例えば明治期に建築された一部の建物は国重文にもなるなど、時代の先進を象徴するもの、地域のシンボルでもあったことで保存の対象になる事も少なくない。
昭和に入ってからの学校建築でも、洋風建築的価値のあるもの、また戦災復興などの目的別の貴重さから、もはや伝統的建造物としての価値を持っているものも少なくない。
加えて地域の住民にとっては、この建物で学んだという思い入れは他の建物よりひときわ強いのは言うまでも無く、建て替えには抵抗を覚える人も多いだろう。
いうまでもなく耐震性は低いこれらの建物、建設当時とは違い周囲に施工が困難といった個別の事情もあり、残すことを最優先というのはやはり様々な困難があるのだろう。
残すかなくして新しくするか、自治体の采配いかんとなるのだろうが、私の個人的な思いとしてはやはり残す方向で考えてほしい。


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by mago_emon2 | 2017-05-14 20:55 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

賀茂鶴・白牡丹の関連施設 国登録文化財へ

10日の文化審議会の答申で、東広島市西条地区の酒造2社の関連施設29件が国の登録有形文化財に登録される見通しとなった。昨年8月に登録された5社42件と合わせ、同地区にある酒造全7社の施設がそろった。
いずれも江戸中期から昭和期にかけて造られた。賀茂鶴酒造は、木造2階建て洋館の本社事務所やれんが造りの煙突4本など19件が登録される。藤原昭典社長(64)は「まちづくりや観光に生かしたい」と喜んだ。
白牡丹酒造は、延宝蔵南端棟や大正期に建てられた町家の母屋など10件が認められる。島治正社長(51)は「施設を守り続ける責任の重さを痛感する」と話した。
こうした文化財は、一帯が宿場町から酒造地に変遷した歴史を伝える。市教委は今後、同市黒瀬町などの酒造関連施設の登録も目指す。
【中国新聞 2017.03.11】
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賀茂鶴酒造事務所

西条の酒造地区は、私個人的な感想では古い町並としての魅力よりも酒都の観光要素としてのイメージが勝ってしまっていて、少しランクは下がってしまう。しかし個々の酒蔵や事務所、煙突のある風景は独特のもので、それらが登録文化財として認められたのはうれしいことだ。
これらの建物があることで酒どころとしての価値も高まると思う。希望を言えば駅を挟んで西側の街道沿いの伝統的建物も巻き込んでの動きを期待したい。


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by mago_emon2 | 2017-03-11 22:37 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

廉塾 19年度から整備


江戸期の儒学者菅茶山が福山市神辺町に開いた廉塾と、茶山の旧宅の保存活用計画案を、同市教委が1日、示した。国の特別史跡で、江戸中後期の教育環境を伝える希少な史跡として、当時を追体験できる空間づくりや、周辺の文化財と連携した活用を進める。2019年度から5年間で整備をする方針。
市内であった策定委員会の最終会合で説明した。計画案によると、史跡内を建造物、菜園、緑地の3エリアに分けて保存。現存する講堂や寮舎、米蔵などは、傷みが目立つ床や壁、屋根を修復する。史跡内には説明板やベンチを設け、情報通信技術(ICT)を使った案内も検討する。
近くの県史跡・神辺本陣跡や茶山の墓の保存にも取り組み、近世山陽道の町並みと合わせて活用する。整備には、今後実施する発掘調査の結果も反映させる。付近にあり、茶山が初めに開いたとされる別の私塾跡などの追加指定も検討する。
ほかに計画案は、所有者が担っている史跡の管理について、将来的に市が担う検討も必要とした。
委員の一人で、住民たちでつくる菅茶山顕彰会の鵜野謙二会長(77)は取材に、「保存活用を通じて史跡の価値を高め、地域の魅力の発信につなげてほしい」と話した。
広島県内の国特別史跡は廉塾と厳島(廿日市市)だけ。福山市が17年度の申請を目指す日本遺産のストーリーづくりの中心的役割が期待されている。
【中国新聞 2017.02.02】

d0328255_00073219.jpg廉塾の講堂(上)と旧神辺本陣













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神辺のこの周辺は旧山陽道沿いに面し、例年秋に街道沿いでイベントが開催される。このときには廉塾と旧本陣の建物内が公開される。
一昨年私もこのイベントを訪ねたが、両建物ともかなり痛んでいるのが気になった。
方針というのだからまだ決定ではないのだろうが、一旦公言した限りは必ず実行して貰いたいものだ。
この二つの建物の存在は山陽道沿いの古い町並を訪ねるにあたっても、その価値がとても大きいものだ。
できることなら、健全な姿で常時公開されることを望む。


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by mago_emon2 | 2017-02-04 00:17 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

被服支廠の保存活用検討

広島市内で最大級の被爆建物、旧陸軍被服支廠(ししょう、南区)について、現存する4棟のうち3棟を所有する広島県が、活用の検討のため、耐震性や補強方法を調査する方針であることが10日、分かった。2017年度当初予算に関連費2200万円を計上する見通し。部分保存なども含め、今後の在り方を幅広く探るための基礎資料とする考えだ。

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被服支廠は、県が06年9月にロシアのエルミタージュ美術館の分館誘致構想を見送って以降、具体的な保存・活用策の検討が進んでいなかった。最大のネックは耐震化費用。1996年の調査では1棟当たり21億円と試算していた。ただ、複数の関係者によると、技術の進歩などで、より安価に強度を高められる可能性が出てきたという。
被服支廠は、45年8月6日に投下された原爆の爆心地から南東約2.7キロ。爆風でゆがんだ鉄製の扉など被爆の爪痕が残る。建物内は被爆者の救護所にもなった。今回の調査は、最も爆心地に近い県保有の1棟を対象に、コンクリート製の柱や鉄筋の劣化度をチェックし、状態を詳細に把握。耐震診断をし、補強方法などを検討する計画でいる。
近年は修学旅行の平和学習の行程に組み込まれるケースも増え、15年度は敷地内の見学者数が過去最高の848人に上った。
市民団体「旧被服支廠の保全を願う懇談会」代表で、建物内で被爆者の救護に当たった中西巌さん(86)=呉市=は「被爆の『生き証人』として原爆の参加を伝えており、活用に向け一歩前進だ」と歓迎。「被爆者が亡くなる中、その価値は増している。具体的な活用の弾みにしてほしい」と期待している。
【中国新聞 2017.01.11】

旧陸軍被服支廠については、昨年も11月に敷地内が公開され、内部の見学ツアーも行われた。修学旅行で訪れる生徒もいるとは私は知らず驚いた。それだけ価値のある建物ということでもある。
表面は煉瓦で覆われているが躯体そのものはRC造りで、建築当時としては非常に先進的なものだったというが、近年は有効な利用もされず長らく放置され続けていたこともあって、さすがに経年劣化は否めないところだろう。
どの程度強度の低下が生じているのか、コンクリート構造物としての問題があるのかといった具体的な調査に踏み切るということで、ようやく保存活用に向けて軌道に乗りつつあるといったところだろう。
今後の動きに注視したいところだ。


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by mago_emon2 | 2017-01-11 22:32 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

被服支廠 活用策探る

広島市内で最大の被爆建物、旧陸軍被服支廠(ししょう,南区出汐)の見学会と、保存・活用の可能性を考えるイベントが20日、市内であった。国内最古級のコンクリート構造を体感できる支廠内部を市民に開放。続くシンポジウムで、建築の専門家たちの視点から再生の手法を探った。
建築物の魅力を発信する市民団体「アーキウォーク広島」(中区)の主催。内部見学会は、19日と合わせて計約120人が、現存する4棟のうち2号館の1~3階を巡った。高田真代表が「レトロなれんがとモダンなコンクリートが混在する貴重な建築」と説明し、コンクリートの柱やはりを見てまわった。
続けて中区の県美術館講堂で開いたシンポでは高田代表と建築の専門家2人が保存、活用に向けて意見を交わした。広島大大学院の大久保孝昭教授は2014年10月に実施したコンクリートの劣化度調査を踏まえ、「劣化は進んでいるが、技術的に改修は可能。何に使うかが決まれば補強の方法はいくらでもある」と強調した。
横浜市の「横浜赤レンガ倉庫」の再生に携わった東京電機大の今川憲英教授は「民間と行政が一体で取り組むべきだ」と指摘した。
被覆支廠は爆心地の南東2.7キロに位置し、1913年の完成。旧陸軍の軍服や軍靴を作っていた。多額の耐震化費用がネックとなり、所有する県と国は活用策を描けていない。
【中国新聞 2016.11.21】

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旧陸軍被服支廠

この旧被服支廠の建物は表通りからは見えづらく、路地に長々と連なる姿を見て驚く人も多いだろう。
今回、私も期間中に訪ねた。建物内は希望者多数で見学は叶わなかったが、普段は敷地内に入ることも出来ないため、私は今回初めて正面から建物群を見ることが出来た。
戦後は企業の倉庫、寮などとして利用された時期もあったというが、長年活用されず傷みも増している。
この建物は被爆建築というだけでなく、建造された大正初期としては珍しいRC構造であることでも貴重なものといえる。
失ってから後悔しても遅い。
ただ建物の規模が大きい事もあり、補修・補強費、維持費もかさんでしまうのは事実。しかし、その価値のある建物といえる。


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by mago_emon2 | 2016-11-21 22:14 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

街道の古民家 人集う場に

海田町稲荷町の旧山陽道沿いにある古民家「三宅家分家棟」が10月から、フリースペースとして活用される。3年前に空き家となり、取り壊しの話もあったが、町内のピアノ講師渡部さゆりさん(48)たちが運営グループを結成。所有者が無償で貸し出すことにした。
明治期の建築とされる2階建て延べ約400平方メートル。庄屋としょうゆ製造で栄えた同家の威光を示し、西隣の本家や約30m東の県重要文化財「旧千葉家住宅」とともに歴史的景観を形成している。
空き家となったのを惜しむ渡部さんたちが知人に呼び掛け、40歳代の女性を中心に約10人が準備を重ねた。町の古地名にちなんで建物とグループを「開田庵椿」と命名。毎月2日に市が立った歴史にならい、毎月2,12,22日の午前10時~午後2時半にオープンする。入場無料。茶菓子を有料で出す。展示コーナーは1区画千円で一般に貸し出す。
10月2日は、同家所蔵の美術品を展示するほか、町内の三味線愛好家の演奏会を開く。その後も手作り品の展示即売、紙芝居、手品上演などを計画中だ。
このほか、同家と旧千葉家住宅では、町制施行60周年事業として30日~10月2日と、11月24日までの一部の日曜、木曜に美術展(町教委主催)がある。
「入居者がいないと建物が傷む恐れがあった。町おこしに少しでも役立ててほしい」と建物の所有者。渡部さんは「街道の歴史を味わったり、散策の途中にくつろいだりする場になれば」と話す。
【中国新聞 2016.09.30】

 
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三宅家分家棟(建物内撮影禁止のため、外観のみ)
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旧千葉家住宅
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旧千葉家住宅は厳かな母屋と美しい中庭を持つ。多くの見学客があった。

添付画像は、記事を見て本日撮影したものだ。
三宅家(本家・分家棟)は、旧山陽道沿いに残る古い町並にあってその景観に大きく貢献しているもので、商家や地主として長年活躍された旧家だ。良くぞ取壊されず残ってくれたと感謝したい。
訪ねた時三味線のミニコンサート中で、一旦旧千葉家住宅を訪れた後、再度見学させてもらった。
最近まで生活が営まれていたこともあり、内装は近代的に改装されている部分も少なくないが、柱や木製欄間などはそのまま残っている。また宿役業務に用いられた駕籠、商いをされていた時の帳簿、藩札なども保存され、遺す価値のある建物であり史料である。
町制施行の区切りの年を契機としたこの取組が尻すぼみにならないよう願い、活動を応援したいものだ。

なお、旧千葉家住宅に関しては、「郷愁小路」本編路地裏「重要文化財の建物」で取上げているので以下も参照願いたい。


http://www.kyoshu-komichi.com/jyuyobunkazai04.html


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by mago_emon2 | 2016-10-02 17:25 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

上下の宝 リフォームへ

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府中市上下町の代表的な建造物である上下キリスト教会の補修工事が始まった。雨漏りするなど老朽化しており、シンボルであるドーム部分の銅板を張り替える。大規模な補修は36年ぶり。同時に町内にある大正時代に建てられた芝居小屋翁座も補修する。

住民有志でつくる上下まちづくり協議会が、軒の補助金を活用する。教会は江戸末期ー明治初期の建設とみられ、和洋を融合した独特の造り。かつては豪商の蔵で1950年に教会になった。
近年は雨漏りがひどく内部は腐食。町内を見渡せるドーム部分の銅板を張り替え、一部剥がれている東側の外壁と中庭も修復する。本格的な修復は80年以来となる。
翁座は地元の富豪が出資して大正末期に着工した芝居小屋。観光客への一般開放を見据えて自動火災報知機を取り付け、西側外壁を修繕する。
(中略)ひな祭りや白壁まつりでの活用を描く協議会は「歴史的な街並みを整えて、集客につなげたい」としている。
【中国新聞 2016.08.10】
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(写真はそれぞれ上下キリスト教会・翁座)

上下は近年かなり古い町並として意識され、綺麗に整備されている。むしろやや整えられすぎたきらいもあるが、寂れて建物や町並が失われるよりは良い。
上下キリスト教会が戦後しばらく間で商家の土蔵であったことは記事で初めて知った。確かにドームを取
ってつけたような不自然さがある。それだけに接続部の止水性に難があったのだろう。
教会としても現役の建物であり、補修を受けこれからも上下のシンボルであり続けてほしいものだ。
翁座も内部は見物したことがあるが、ここで行われる芝居を一度見てみたいものである。


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by mago_emon2 | 2016-08-14 16:03 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

市交流館 来月会館(三次市)

三次市三次町の旧酒蔵場「雪心本店」に6月1日、同市で青春時代を過ごした人形作家辻村寿三郎さん(82)の工房が入り、町の歴史資料を展示・紹介する文化施設「三次地域交流館」が誕生する。石畳の町並みが残る同町一帯のにぎわい、再生を図る目的で、市が整備した。
交流館は、町家風の木造2階建て延べ約310平方メートルで、1階は辻村さんの捜索工房と、三次人形などの歴史資料の展示スペースとなる。2階は未定。市が所有者から無償で譲り受け、1階の土間部分約100平方メートルの床や壁などを約2300万円で改修した。
辻村さんが東京都から三次市へ今春移住したものの、市内の病院で病気療養中のため、当面、アトリエジュサブロー代表の川崎員奥さん(68)が創作工房を運営する。
同町の三次本通りに2013年10月、辻村さんの作品を展示する人形館が開館。松本和男副館長(68)は「人形館と交流館を往来する人たちで三次本通り一帯にかつてのにぎわいが生れれば」と期待する。
交流館は市直営施設で、同町の栄町自治会に管理業務を委託する。午前9時~午後5時。水曜休館。特別展の開催や創作スペースの使用などは有料。(後略)
【中国新聞 2016.05.24】
※記事のヘッドの見出しは、「寿三郎作で三次に活気」

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三次の町並(地域交流館予定地付近)


三次市は川運で商業が栄え古い町並も残るところだ。このところ地元も随分意識され、探訪客も増えているようである。
この二つの施設により、三次の歴史そして町並の魅力が広く知れ渡り、更に保存への気運が高まることを期待したいものだ。
なお、記事に「石畳の町並みが残る・・・」とあるが、これは最近になって石畳的な舗装が施工されたもので、歴史的なものではない。

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by mago_emon2 | 2016-05-25 21:03 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

上下の空き店舗白壁に改修へ

府中市のNPO法人アルバトロスが、白壁の町並みで知られる同市上下町の商店街で、木造の古い空き店舗1軒を改修する。県、市の補助を受け、タイル張りの外観を白壁に戻す。その後、店舗内にイベントスペースや、貸し出し用の区画などを整備する構想で、移住者を呼び込む拠点としたい考えだ。
木造2階建て(延べ745平方メートル)の1階の一部で、所有者が雑貨店「瀬川百貨店」を経営していた。しかし高齢などを理由に2年前に閉じ、転居した。住居だった部分は瓦ぶきの屋根やなまこ壁の和風の造りのままだが、店舗の通りに面した壁は改装され、タイル張りでアルミサッシの窓枠も取り付けられている。
同法人は所有者と協力し、店舗部分を格子窓や白壁の外観に戻す計画。また、住居部分のアルミサッシの窓も格子窓にする。10月に着工し、商店街が舞台となる「上下ひなまつり」開幕前の来年2月の完成を目指す。
その後、奥行きが約60メートルある店舗内の整備を進める予定で、イベントや移住者の出店などの受け皿にしたい考えだ。外観の改修費約1千万円は、定住促進や創業支援関連の県、市の補助で賄う。
市の地域おこし協力隊でもある同法人の藤原幸大理事長(28)は「景観づくりとともに人を呼び込む土台にしたい。将来的には、奥行きのある店舗内が小さな商店街のようになれば」と意気込む。
【中国新聞 2015.09.29】

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改修が計画される建物(右から2軒目)

上下の町並は石見銀山からの銀を輸送する街道沿いの拠点として江戸時代より大変な賑わいを見せ、現在でも重厚な古い町並を残す貴重なところだ。
近年、この建物が面する旧街道沿いは整備され、町並探訪の対象としても遜色のない体裁が整えられた。
この建物、商家建築に挟まれいかにも地味であり、またやや町並の連続性という点でやや異物感を抱かせる1軒でもあった。
格子や白壁の外観も、この建物がもともと持っていたのであれば、改修しても違和感は無いものとなろうし、鰻の寝床と形容される間口の割に非常に深い奥行を持つという独特の構造は、町を歩いただけではわかりにくい。建物内を確認してあらためて驚くことである。
藤原理事長の狙いの一つがそこにあるようで、今後注目していきたい。
町並景観上でも、この1軒がらしさを取り戻すだけで随分違うものになってくるだろう。

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by mago_emon2 | 2015-09-29 23:48 | 伝統的建造物 | Comments(0)  

旧住銀支店 見えぬ活用策(尾道市)

尾道市が、所有する旧住友銀行尾道支店(同市久保)の活用策に頭を悩ませている。文化財には未指定ながら、1904年築で市内に数少ない明治期の近代化遺産の一つ。住友銀行(現三井住友銀行)発祥の地を物語る舞台で、「商都尾道」の歴史には欠かせぬ建物といえる。ただ、保存・活用には改修コストが課題で、日本遺産ブランドを生かしたまちづくりを掲げる市の判断が注目される。
木造平屋約180平方メートル。外壁はモルタル仕上げで石造りを模している。巨大な半円形アーチが連続する外観が特徴。設計は住友本店臨時建築部(現・日建設計)で、市が建設予定の市役所新庁舎のデザイン会社の前身でもある。当時の技師長の野口孫市(1869~1915年)は、国重要文化財の大阪府立中之島図書館の設計者として知られる。
(中略)市は2012年3月に歴史的文化財を中心としたまちづくりを目指す歴史的風致維持向上計画を策定。旧住友銀行尾道支店は、保存に向けた整備を検討する建物となっている。尾道ユネスコ教会も「100歳を超える貴重な近代化遺産」とするなど、専門化の評価は高い。
同支店付近には1923年建築の旧尾道銀行本店が「おのみち歴史博物館」、明治期の木造倉庫が「おのみち映画資料館」として活用されている。
6月の市議会定例会では、市議が「日本遺産に認定された尾道にとって大きな観光、文化資源になるのではないか」と指摘。絵画などの展示施設に改修し一帯を文化ゾーンとするよう提案された。平谷祐宏市長も「歴史的な経緯もあり、保存と活用については今後の課題と考えている」と応じた。所管する市総務課は「文化財と、まちづくりを一体的に考えていきたい」としている。
【中国新聞 2015.08.16】

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旧住友銀行尾道支店(奥の建物)

この記事を読んで、正直どの建物だったかという思いだったが、私の撮影していた以前の画像を確認してあれかとようやく納得した。
それだけ建物としては、やや地味である。洋風建築でありながら、平屋建てであることもあるだろう。
しかし明治期の銀行建築というとその稀少価値は低いものではない。費用を投じても保存すべきだろう。
ただ建っているだけでは維持費だけが出て行くし、市民や興味ある訪問者のためにも何かに活用するのが望ましいだろう。
こうした建物の活用というと、ギャラリーなどの展示施設、イベントスペースなどの例が多く、喫茶店などの常駐店舗として利用される例は少ない。そのことだけでも保存するのは容易ではないといえる。
市の良い判断を待ちたい。

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by mago_emon2 | 2015-08-17 22:31 | 伝統的建造物 | Comments(0)