カテゴリ:古い町並( 26 )

 

宮島 町並み保存へ助言役

世界遺産の島・宮島(廿日市市)の町並み保存を加速させようと、市は広島工業大の森保洋之名誉教授(72)を宮島まちなみ・まちづくりアドバイザーに任命した。島中心部で国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)選定を目指す中、宮島の町家にも精通する建築計画の専門知識を施策に活用していく。
森保氏は1月から週一回登庁。建築指導課の机に着いて職員の相談に応じ、会議への出席も重ねる。今月2日には、関係職員14人を集めた勉強会を開催。町並み保存の対象地域にある建物の修理基準などを定めるガイドラインの必要性を説き、学識者や先進地の住民など助言を求める人材を紹介した。
森保氏は、広工大が宮島に構える学習センター「宮島こもん」の世話人などを歴任。島内のまちづくりや景観に詳しく、住民とも率直な意見交換ができる関係を築いている。宮島の町並みの魅力を「質素で落着いたたたずまい」と指摘し、「町家を良い形で修理し保存していけるようにアドバイスしていきたい」と話す。
市は、江戸期からの民家が点在する町家通り一帯など約18ヘクタールの重伝建選定に向けた条例を2015年に制定。担当職員を宮島に常駐させるなど取り組みを進めている。市建設部の向井敏美・都市建築担当部長は「宮島に詳しい専門家が身内になった。遠慮なく助言を求め、良いまちづくりを進めたい」としている。
【中国新聞 2017.02.07】

d0328255_21245451.jpg

宮島の町並保存に関しては、今からほぼ1年前にもその動きを伝える記事があった。大学教授などの学識者の視察などが行われたという内容だった。
http://machiissue.exblog.jp/22881128/
外部による調査段階だった昨年に対し、今回は具体的な保存の実務に関する人事に関してだ。選定後をにらんでの動きだろう。
実際町家通りを中心として、重伝建地区に匹敵する古い町並が保持されているが、観光客に認知されているとは言いがたい。団体客の往来の多い地区と同じような賑わいなる必要は無いが、その貴重さを理解していただける個人客を中心にもう少し知られるところとなってほしいものだ。



[PR]

by mago_emon2 | 2017-02-08 21:35 | 古い町並 | Comments(0)  

街道の趣 どう守る

江戸期から昭和初期の古民家が残る広島市安佐北区可部地区の旧雲石街道一帯の景観保全が曲がり角を迎えている。出雲、石見両街道が合流する交通の要衝として栄えた往時の町家は改修費がネックとなり、空き家になったり解体されたりして景観は年々変化する。
情緒ある通りを守るためには地域全体の機運の高まりが欠かせない。

JR可部駅から北へ約600メートル。かつては人通りでにぎわった同街道の「折り目」は日中、国道183号線の抜け道としてひっきりなしに車が行き交う。昔のたたずまいが年々失われる中、江戸時代から続く入江呉服店の一角が8月下旬、カフェサロンに生まれ変わった。
「古民家が取り壊され、町の趣を失っていく流れに一石を投じたかった」と同店代表の入江乙彦さん(72)。町家の特徴である卯建を修繕し、店内は天井を剥いで木組みの梁を見せるよう改修。古民家の風情を生かしたカフェに改修し、コンサートも毎月開く。

街道沿いの古民家の保全活動に取り組む住民グループ「可部夢街道まちづくりの会」によると、昭和初期には「折り目」を中心にした南北1.5キロに計281軒があったとみられる。しかし、2004年の調査では江戸から昭和初期に建てられた古民家は50軒に。15年3月には37軒に減った。多くが取り壊され、鉄骨建て住宅やアパート、駐車場に姿を変えた。
住民も手をこまねいていたわけではない。まちづくりの会は10年、沿道の14自治会・町内会に呼び掛けて景観保全のための実行委員会を結成。家屋の新築・改修時に切り妻屋根や格子窓を採用することや木製の郵便受けの設置など、住民が自主的に取り組む約40項目のガイドラインを示した。ただ、一定の成果はあったものの、街道全体では思うような効果が出ていない。

最大の壁は古民家の改修費だ。まちづくりの会が古民家の所有者に意識調査をしたところ、「解体せずに古民家の風情を残してリフォームしたいが、経済的な負担が大きい」との声が多かった。このため、昨年6月、市に要望書を初めて提出。改修の補助金や空き家バンクの創設を求めた。
これに対し、市は町並み保全の気運がさらに盛り上がることを前提に「補助金制度を含めた支援の在り方を検討したい」と答えた。まちづくりの会の梶川暢之会長(82)は「期待した即効性のある返答ではなかった。時間をかけているうちに、どんどん古民家が減ってしまう」と嘆く。
まちづくりの会は毎年、街道沿いの古民家や商家約30~40カ所を開放し、餅つきや琴の演奏会を開くイベント「可部の町めぐり」を開催するなど、人の呼び込みには一定の成果を上げてきた。ただ一方で、古民家の所有者の世代交代が進む中、景観保全に向けた地域の動きは盛上がりに欠けている面も否めない。
可部地区は戦後、大型店の進出や住宅団地の開発が進んだ一方、昔の面影を残す街道の景観は高い評価を受けている。住民が話し合う場を設けて地域の財産を見つめ直し、景観保全の気運を高めて行政を巻き込んだ取り組みにしていけるか。地域の底力が問われている。
【中国新聞 2016.10.06】

d0328255_15403795.jpg
「折り目」付近の風景。伝統的な建物が残る一方、下のように取り壊され撤去された旧家も見られる。(2014年撮影)
d0328255_15395630.jpg

可部地区の町並は、「可部の町めぐり」開催時をはじめ何度も訪ねているが、古い建物が年々少なくなっていることに私も危惧を抱いている。
自治体による古い建物の保全に対する補助。これは規模や形は自治体により様々だろうが、補助が行われている例は地方の小都市に至るまであちこちで眼にする。
市はそのような事例に携わった実績もなく、曖昧な返答しかできなかったのだろう。古い町並といえるのはこの可部地区くらいしかないからだ。

記事にあるように、イベントは古い町並・旧家の知名度を上げるには有効だ。しかし、では実際伝統的建物の保持という具体的な話になると、公の補助がなければ各家の持主の判断に任せるほかない。残さねばならないという思いはあっても、経済的その他の理由で個人が行える範囲は非常に限られている。
早く公費補助が受けることができる日が来ることを祈りたい。

例年10月に行われる「可部の町めぐり」は、今年も16日(日)に予定されている。
http://www.kominka-hiroshima.org/1644

[PR]

by mago_emon2 | 2016-10-08 15:43 | 古い町並 | Comments(2)  

酒蔵地区景観向上に着々

東広島市は、市の顔ともいえるJR西条駅南側の酒蔵地区の景観向上策を相次いで打ち出す。歴史的建造物の修理などに補助金を出し、道路の側溝を覆う美装化を施す。趣ある町並みを守る気運を高め、課題だった通りの歩きにくさを解消する。
酒蔵地区には明治や大正期に造られた酒蔵や煙突などが集まる。酒蔵関係施設のうち42件は8月、国登録有形文化財になった。
市はこれらの外観を原状に戻すための修理や町並みに調和した改修をする場合、半額を補助する制度を近く新設。所有者からの申請受付けを始める。
(中略)美装化は、酒蔵地区を通る旧山陽道で観光客の往来も多いメイン通りで計画する。計画では来年度、埋設されている上水道管の更新から取りかかり、2018年度に本格着工する。工期は一部区間で検討している電線地中化に取り組む場合は最短で5年、取り組まない場合は同3年と見込んでいる。
美装化は当面、ブールバール(駅前の幹線道)から賀茂泉酒蔵東側までの500メートルを整備する。区間の大半を占める幅約6メートルの道で、側溝にふたをかける。路肩にグレーのブロックを敷き車道と区別する。市都市計画課は「歩く部分が広がり、地域の人や観光客が歩きやすくなる」とする。
電線地中化を検討しているのは、ブールバールから東へ約200メートル。市が今月終えた試掘調査を踏まえ電力、通信事業者たちと協議して年内に判断する。
住民でつくる「酒蔵地区まちづくり協議会」が03年に一帯の美装化を市に提案していた。メイン通りの周辺で一部工事が終わった区間もある。
【中国新聞 2016.09.16】

d0328255_16564390.jpg

d0328255_16564593.jpg
西条の町並。旧山陽道沿いや酒蔵家周辺は散策客の姿も多い。

西条の町並はその構成の中心が造り酒屋、酒蔵であることで特殊性が高いといえる。普段から散策客が多く、特に毎年秋に行われる催しでは各酒蔵も公開され、多くの来場者がある。
ただ、景観的には酒蔵群があるから良しという雰囲気があるように感じられ、町並としての連続性の維持・確保や、この記事で触れるような美装化については余り積極的でないように見えた。
今回、市が具体的な計画を示したことで徐々に町並景観としても整えられると思うが、それにしても住民団体が市に提案してから13年も経っているとは、いかにも遅すぎである。
それから後一つは、電線を埋設するのは賛成だが、カラー舗装などを多用して人工的な色が濃くならないことを祈りたい。


[PR]

by mago_emon2 | 2016-09-17 17:07 | 古い町並 | Comments(0)  

酒都の景観守る新拠点

酒蔵会社7社が集まる東広島市西条の酒蔵地区に、古くて新しい建物が姿を現した。「ヒストリアガーデン」。江戸期の土蔵と明治期の家屋の外観はほぼ改修が終わり、酒都の風情に新たな彩りを加えている。

敷地は約300平方メートル。家屋と土蔵はかつて美容室などとして使われていた。観光客が行交う好立地だが、ここ10年は空き店舗の状態が続いていた。
地元の不動産管理会社が再生し、9月上旬の開業を目指す。新たなテナントと郷土史愛好家の活動拠点などを置く計画でいる。
改修工事の設計に当たった同市の1級建築士山田光代さん(38)は、「町になじむ外観を心掛けた」という。しっくいと杉板で壁面に白と黒をバランス良く取り入れた。出格子窓で西条らしさを演出した。
「古いものを生かしたかった。いいものに仕上がった」不動産管理会社の木村浩男社長(61)はそう喜ぶ。今後、外壁には酒造りに関わる人物のパネルなどを飾り、酒都の歴史を広めていく。
酒蔵地区では、以前から景観のルールづくりが課題となってきた。観光資源として風情ある町並みを残すべきだという意見がある一方、JR西条駅前の一等地にあるため、条例などで制限しにくくマンションやホテルが増えた。過去に景観基準を話し合う場も設けられたが、実現には至らなかった。

ガーデンの改修工事を担った地元建設会社の実森尊信社長(41)は、変る西条の町並みに危機感を持ってきた一人だ。酒蔵や蔵を象徴する煙突が減り、「町の個性が消えていく」と思っていた。
2年前には東広島市青年会議所(JC)の事業で、景観について考えるパンフレットを作った。「古里を見つめ直し、どう受け継ぐかを考えてほしい」と、市内各地の風景の写真を盛り込んだ。
ガーデン改修を通して「景観を守ることは町への愛着を守ること」と改めて感じた。「子どもたちのためにも酒の町の個性を守る。そんな意識を広げていきたい」と願っている。
【中国新聞 2016.08.03】

d0328255_11403687.jpg

酒蔵会社の事務所と煙突

西条の町並は造り酒屋群で形成されるという個性的で貴重なものである一方、特に表立った保存活動は行われずに駅前再開発等によって失われた風景も少なくない。町並の残存度の割に観光地的な雰囲気も濃く、そのバランスは決してよいとはいえない状態といえる。
町並全体としての拠点施設ができるのは画期的なことだ。出来れば、駅の西側に点在する旧山陽道界隈の伝統的な建物を含め、保存意識が高まることを願いたい。

[PR]

by mago_emon2 | 2016-08-07 11:41 | 古い町並 | Comments(0)  

白市の魅力 発信拠点に

東広島市は、高屋町に「白市交流会館」を開設した。観光客の休憩場所、地区に残る歴史的な町並みを保存する住民活動の拠点、と位置づけている。
地区の集会所のあった場所に新築した。木造平屋約155平方メートル。しっくい塗りの白壁、杉の腰板と格子、赤瓦が特徴だ。
国重要文化財の木原家住宅など江戸期の町家や家並みになじむ外観に仕上げた。開館時間は午前9時~午後5時。
玄関口の交流スペース約20平方メートルには、地区の歴史文化を紹介する写真やパネル20枚を展示。観光客の休憩所として、トイレとともに無料開放する。
多目的スペース約60平方メートルは、1時間400円でイベントや会議用に貸し出す。住民が1997年に発足させた白市景観形成委員会の活動拠点となる。
事業費は約6500万円。都市計画課は「まちづくり活動の活性化を図り白市の魅力を発信する場にしたい」とする。
【中国新聞 2016.06.20】

d0328255_21481920.jpg

白市の町並
d0328255_21475870.jpg

木原家住宅(重文)

白市地区は私が初めて訪ねた15年余り前は、重文木原家住宅は公開されていたものの、外部の者を案内するような看板類も一切無かった。徐々に市や地元の意識の高まりがあって、外来者用の駐車場や案内標識の設置が行われるようになった。
伝統的建造物が広範囲に残っているというほどではないが、質感の高い建物が残り素朴さも感じられる良い雰囲気の町並だ。
この施設が町並探訪に訪れた人の情報拠点となることを願いたい。

[PR]

by mago_emon2 | 2016-06-20 21:53 | 古い町並 | Comments(0)  

商店街まるごと道の駅(矢掛町)

岡山県矢掛町は23日、宿場町の風情を残す矢掛商店街と連携し、「道の駅」を整備する方針を明らかにした。新たに駐車場と簡易な観光案内所を設け、商店街で買い物や散策を楽しんでもらう。県によると既存商店街を取り込んだ「道の駅」は全国的にも珍しいという。
県や町によると、商店街と国道486号に挟まれた民有地4千平方メートルを用地買収し、大型バス10台を含む計50台の駐車場と、トイレや観光案内板を備えた施設を整備する。特産品販売や地産地消レストランなど、道の駅に欠かせない「地域振興機能」を、老舗和菓子店や雑貨店、飲食店が並ぶ東西約1キロの商店街が補う。国重要文化財の旧矢掛本陣・脇本陣などの歴史的町並みも活用する。
矢掛町は2013年から、商店街で空き家になった古民家を、特産品販売所や宿泊・温浴施設などとして再生してきた。「倉敷の奥座敷」としてにぎわいが生れている同町の知名度アップと団体旅行の受け入れ強化につなげようと、道の駅整備を決めた。
町は年内に整備構想をまとめ、県が地元説明会やハード整備を順次進めていく。18年度の完成と、登録申請を目指している。
【中国新聞 2016.05.24】
d0328255_21394083.jpg

矢掛の町並(旧脇本陣高草家付近)

旧山陽道時代には重要な宿場町であった矢掛の町。現在も大名行列の際の主要な宿とされた本陣・脇本陣がそのまま残される貴重なところで、重伝建地区に匹敵するものを保持している。
道の駅というと広い駐車場と地域の物産を販売する売店があるというのが基本で、温泉その他の付加価値を持つものも現れているが、あくまでその施設内で完結するものというのが一般常識だ。施設外の既存の市街地とは分断されたものだった。
この矢掛で計画される道の駅とはまだ記事の説明だけでは判然としない部分もあるが、古い町並の中にある商店、そして伝統的建造物も含み道の駅の施設の一部として位置づけ、開放するのだろうか。
車でふと訪れた客が、矢掛の古い町並の良さを見出して貰えるものなら、それはそれで嬉しいことだ。
今後計画が実現に向けて具体化するのを楽しみにしたいところだ。

[PR]

by mago_emon2 | 2016-05-24 21:50 | 古い町並 | Comments(0)  

赤瓦と海原 息のむ対比(江津市)

波子町の入り組んだ狭い路地を歩いていると、突然、青い海、白い雲と赤い屋根が織成す光景が飛び込んできた。学生時代、バックパックを背負って旅した地中海沿岸の古い町並みが頭に浮かび、思わず眼を細めた。
ただ、地中海が赤れんがの町並みならば、ここは県西部特産の石州瓦だ。JR波子駅周辺の住宅街は、住宅の約7割に輝きを放つ瓦がある。
近くの駐車場に車を止め、木漏れ日の遊歩道を5分ほど歩くと、石見大崎鼻灯台がある。冬には厳しい波が打ち寄せる山陰の海だが、晴れた日は驚くほど穏やかな表情を見せる。東西に延びる海岸線を眺めていると気持ちいい風が塩の香りを運んできてくれる。
「世界のどこに出しても恥ずかしくない景色」と同町の波子まちづくり活性化協議会の黒川光憲会長(67)。心の中で地中海と比べていた自分を恥じ、しばし、見渡す限りの大海原を楽しんだ。
【中国新聞 2016.05.03】

d0328255_20511113.jpg

波子の町並より

島根県は西部を中心に赤褐色の瓦が印象的な地域だ。私もこの波子を訪ねた際、石州瓦の密度の高さとその前面に広がる日本海岸の景色との調和が絶妙で、美しい集落であると思った。そして何より、その貴重さに地元が気付かれ、独自のまちづくり組織で活動されているのを見て頼もしさを感じた。
記事の筆者はかつて地中海を旅した折の光景とを重ね合わせているが、この独自の集落景観的魅力に改めて気付かされ、それを恥じている。石州瓦の家並はそれほどの価値あるものなのか、私も再認識する必要があるのではと思わせた。

[PR]

by mago_emon2 | 2016-05-03 21:00 | 古い町並 | Comments(0)  

宮島 重伝建選定へ作業大詰め

世界遺産の島・宮島(廿日市市)の中心部を国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)選定につなげる作業が大詰めを迎えている。市は月内に保存審議会を設置するなど2016年度内の選定を目指す。ただ地区内には空き家もあり、活用や保存には住民や専門家を含めた官民一丸の連携が不可欠。選定後の円滑なまちづくりへ、市は活動を支える民間団体づくりなど、制度を運用する枠組みの構築を急ぐべきだ。
厳島神社への往来でにぎわう表参道商店街から路地を入った町家通り一帯。都市住宅学会に所属する県内外の大学教授たちや、市の法定外目的税導入を検討する委員が昨秋からことしにかけ、相次ぎ視察した。同団体の有識者は江戸から昭和初期にかけての古民家が残る町並みに感心を示し「各年代の建物がまとまって残る地区は珍しい」「保存へ何らかの財源が必要」との認識を示した。
市が厳島神社の門前町として保存を目指す範囲は、町家通り一帯から大願寺、大聖院にかけての約18ヘクタール。
(中略)地区一帯のまちづくり団体は12団体に上る。空き家再生や移住者探し、改修のアイデアを出す建築士や工務店の集まりなど、各団体が目的ごとに特化し、まちづくりの役割が細分化されているのが特徴。カフェや雑貨、飲食、小規模デイサービス施設など、再生後の活用事例も多彩で、借り主は30~40代が目立つ。
廿日市市は16日に保存審議会を開く。保存計画の策定や保存地区の決定を経て、今秋の重伝建選定を見込む。同室は「歴史を踏まえた宮島らしい民間組織を設けたい」とする。
町家通り一帯でゲストハウスやギャラリーなど5軒の再生を手掛けた建築家で造形作家の福島俊をさん(64)=広島市佐伯区=は、「過疎化が進んで人影のまばらな重伝建もある中、宮島は観光地で生活感が残っているのが特徴」という。
古民家再生には「伝統を踏まえた上で、将来の景観づくりを話し合う場が必要。行政が主導して、窓口となる組織や技術者の育成を急ぐべきだ」と指摘している。
【中国新聞 2016.02.11】

d0328255_228538.jpg

町家通り(2014.12撮影)

d0328255_229575.jpg

大聖院門前(2014.12撮影)



宮島は厳島神社を中心に、港から続く土産物街、秋には紅葉谷公園、子供連れは神社の先にある水族館といったところが観光客の軸線だが、それに並行、あるいは一歩踏み込んだ位置にあるこれらの町並エリアはかつては静かなエリアであった。最近になって、町家通りでギャラリーや喫茶などが注目され、また有識者の視察なども行われ、ようやく注目されてきたという感がある。
重伝建地区となるに十分なものを備えているのはもちろんのこと、選定によりこれまでこの地区を訪ねていなかっただろう観光客層が訪れることによって、活性化にもつながると同時に観光客自身も探訪に深みを増すことになるだろう。
ぜひとも早期に実現してほしいものだ。

[PR]

by mago_emon2 | 2016-02-14 22:18 | 古い町並 | Comments(0)  

吉舎の観光地歩いて再発見

三次市観光キャンペーン実行委員会のボランティアガイド養成講座の実地研修が、同市吉舎町であった。
受講者と市観光ボランティアガイドグループのメンバーたち計15人が参加。「きさ・よいとこ発見隊」の前田博明副会長(71)たちの案内で銀山街道沿いの古い町並みを歩いた。
参加者は卯建(うだつ)と呼ばれる伝統的な袖壁が残る町家や商店のエピソードを聞き、メモしながら散策。受講者の介護福祉士上野登志江さん(66)=三次市畠敷町=は「何げなく通り過ぎていたが、由緒ある町で驚いた」と話していた。
同市小田幸町の県立歴史民俗資料館も訪れ、ボランティアスタッフのガイドで常設展示を見学した。
【中国新聞 2016.02.02】

d0328255_034342.jpg

「卯建」を持つ商家の残る吉舎の町並

三次の市街地から南東に出外れた吉舎の町。旧吉舎町で古くは大森の銀山とを結ぶ銀山街道が通り、宿駅や中継地でにぎわったところだ。今訪ねても重厚な商家が古い町並を形成している。
ここ数年、吉舎は随分古い町並を意識されているようだ。記事内の上野さんの感想のように、地元の方でも古い町並があるのを知らないという例も少なくなかろう。遠方の客を呼び寄せようと分不相応な計画をするのではなく、まずは地元の人に十分認識して貰うことから始めるべきと、私はこのような記事を見るといつも思う。

[PR]

by mago_emon2 | 2016-02-03 00:38 | 古い町並 | Comments(0)  

忠海地区の景観整備支援

広島県は、市町と住民の連携による景観整備の取り組みを支援する「まちなみづくり」事業のモデル地区に、竹原市忠海地区を選んだ。同地区は歴史的な港町で、地区内の忠海港から離島の大久野島に向う観光客が増えている。市は2016年度に地元の自治組織と協議会を設け、統一性のある家屋デザインの推進などを目指す。
忠海地区は江戸期に北前船が往来した港町で、回船問屋などの商家が残り、「浴衣まつり」など地域行事も盛ん。観光客が立ち寄る拠点にしたい市が、まちなみづくり事業に申請していた。
(中略)市によると、忠海港からフェリーで15分の大久野島は、繁殖する野生ウサギが国内外の観光客に人気。14年の観光客は18万2千人と10年(12万3千人)の1.5倍に増えた。市都市整備課は「この好機に地区を周遊してもらう仕掛けをつくりたい」としている。
まちなみづくり事業は、統一性のある町並みづくりを進め観光客を呼び込み、定住促進にもつなげる狙い。モデル地区の選定は、14年度の宮島口(廿日市市)、東城(庄原市)両地区に次ぎ3件目。宮島口では廿日市市が有名建築家を委員に招いた景観コンペを開き、町並みリニューアルの参考にしている。
【中国新聞 2016.01.15】

d0328255_21402256.jpg
d0328255_21402870.jpg

忠海の町並

竹原の古い町並の陰に隠れて、なかなか注目されることのない市域東部の忠海地区。
私もこの町を歩いたのは1度しかないが、写真を見るとなかなかの見ごたえある町並だ。
大久野島はいつの間にか多くの観光客の訪れる島となっていて、昨年春の連休中に渡ろうと思っても乗船を待つ客や車で大変な混雑で、即座に諦めたことを思い出す。
その客達を差し向けようとは、ある意味浅はかな思い付きともいえるのだが、竹原市街地の陰に隠れたイメージでありながら古い町並として十分な質量を保っている。
この取組によって、忠海の町並が認識され、町並も活性化されることを期待したい。

[PR]

by mago_emon2 | 2016-01-16 21:46 | 古い町並 | Comments(0)