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【お知らせ】「まちなみ新報」について

いつもご覧頂きありがとうございます。

これまで、当サイトでは町並に関する主にメディアの情報と、雑記を交えた構成で進めてまいりましたが、今後は「まちなみ新報」として、前者1本で展開します。

新聞記事の切り抜き的なもののみならず、現場レポートをこれまでより増やしていく予定です。

相変わらず拙いものですが、今後ともよろしくお願いいたします。

なお、「雑記」につきましては、以下で新たに展開します。

「孫さんのあれこれ雑記」
http://blog.livedoor.jp/mago_emon/
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by mago_emon2 | 2015-04-12 17:15 | その他 | Comments(0)  

赤瓦隠さないで-石州瓦産地の江津市が景観条例

石州瓦の産地、江津市が、市内の家屋の約3割を占める赤瓦の景観を守るため、屋根への太陽光発電パネル設置を抑制する景観条例を施行した。市内全域を景観計画区域とし、高い建物の新改築時には市認定の石州瓦を使うよう促す。専門家も「街の色の統一を目指す条例は珍しい」と注目している。

条例は、太陽光パネル設置を計画する市民が島根県の補助金申請に市を訪れる際などに、屋根や道路から見える場所への設置を控えるよう呼び掛ける。高さ13mか4階建てを超える住宅・事務所の新改築時には市への届出を求め、色や彩度を基に条例で定めた4種類の石州瓦を使うよう促す。
また、石州瓦屋根の集中する江津本町地区など市内3カ所を「重点地区」に指定。建物の高さの条件をさらに厳しくする。同市波子町や敬川町など50戸以上の石州瓦屋根が連なる市内23地区は、今の景観を守るよう努める「赤瓦景観保全地区」として今後、説明会などで住民の理解を得た上で指定する考え。(以下略)

【中国新聞 2014.11.03】

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赤瓦屋根の連なる町並(江津市都野津町)


瓦の色はその土地の町並を印象付けるもののひとつだろう。石州瓦は名の通り島根県西部の石見地方で生産される瓦で、独特の赤褐色をしており、それが多くの家屋で統一された家並は何ともいえぬ渋みが感じられるものである。この瓦のお蔭で、旅情が感じられたり、町並の質感が高く感じられたりするものだ。
山陰一円のほか山陽側の一部にも分布しているが、例に漏れず近年の規格化された住宅に押され徐々に数を減らしつつある。
自治体単位で石州瓦を重要な建築文化と認識し、強制的にならない範囲で極力保護しようというのがこの取組だが、非常に画期的なことと思う。ただ一つ、建物の高さによって規制を設けるというのが今ひとつよく解らないが、ビル建築に石州瓦の意匠を取り込もうというのだろうか。
この瓦を葺いた家で山陰に来たことを実感する、そんな情景はいつまでも保っていてほしいものだ。
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by mago_emon2 | 2014-11-07 23:28 | その他 | Comments(0)  

アンガールズが府中の魅力PR

府中市は、定住促進のプロモーションビデオを作る。お笑いコンビ「アンガールズ」の田中卓志さん(38)と山根良顕さん(38)が出演する。24日に撮影があった。
明治時代の元老舗旅館恋しき、河佐峡、桜ヶ丘団地など、市内の名所や住宅地を2人が訪ねる設定。恋しきの前で「昔からのものがきれいに残っている」などと感心したり、古い街並みが残る上下町の商店街で、同町出身の田中さんが「ここを通って小学校と中学校に通った」と振り返るシーンなどを撮った。
市は11月中の完成を目指す。都市部で開かれる定住希望者向けのフェアなどで活用し、市ホームページでも公開する。市企画財政課は「全国的に市の知名度はまだ高くない。有名人を起用したビデオで注目を集め、人を呼び込みたい」としている。
【中国新聞 2014.10.25】

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元旅館「恋しき」

私も少し前に府中を再訪していたので、興味深い記事であった。府中市は山陽筋に近く、町の魅力アップそして定住者の増加は十分見込める地区であろう。
地元出身のアンガールズの二人はその風貌はいただけないが、知名度的には十分なものがあり、高いPR効果も期待される。
その内容が流行の商業施設などの情報ではなく、昔ながらの町の個性を前面に出したものとして計画されていることに好感がもてる。
府中の市街に残る古い町並も、近年徐々に地元が意識されているようで、今後に期待したいところだ。
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by mago_emon2 | 2014-10-26 17:17 | その他 | Comments(0)  

かやぶき屋根 伝統の技体感

近畿大工学部(東広島市)建築学科の学生が5日まで、同市豊栄町能良でかやぶき屋根のふき替えの技を学んでいる。
木造平屋100平方メートル余りの民家。4日は2~4年生13人が参加し、同市志和町のかやぶき職人、石井元春さん(81)たちの仕事を手伝った。昨年12月に刈り取って準備したススキの長さをそろえて束ね、運び上げた。何人かは棟まで登り、熟練の技を間近で見た。
市川尚紀准教授(環境設計)の呼びかけに応えた学生が、所有者の了解を得て、2年前からこの民家の再生に取り組んでいる。雨漏りがし、柱もゆがんでいた家を徐々に修復している。4年生の赤松絵里さん(21)は「真冬の刈り取り作業が大変だった。でも手をかけてきれいになってきたのを見ると愛着を感じる」と話していた。
(「中国新聞」2014.05.05)

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茅葺屋根の葺き替え作業の様子(2005年、富山県五箇山にて撮影)

古い町並を探訪していて茅葺の屋根を持つ民家を見ることは少ない。その絶対数が少ないこともあるが、私が普段テーマをもって訪ねているのは町場として栄えた経歴のあるところなので、どちらかというと豪農宅、農家宅で一軒家に見られることの多い茅葺の民家は余り熱心に見ることはなかった。
しかし伝統的家屋の一形態として、屋根を茅で葺くというのは我国でもひとつの伝統的手法で、その技術を継承することは貴重なことだ。

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東広島市志和町の茅葺き民家

記事で取り上げている東広島市志和町は茅葺きの家屋が比較的多く残されている貴重なエリアだ。
定期的に葺き替えが必要であり、その技術を持つ人が非常に少なく、また高齢化しているため維持は容易ではない。
この学生さんたち、学ぶだけではなくその技術を身に付け、その必要があるとき主力として動くようになってくれるとよいのだが。
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by mago_emon2 | 2014-05-07 22:56 | その他 | Comments(2)  

「京橋会館」跡地に多世代居住複合ビル

被爆地復興のシンボル的な建物だった広島市南区京橋町の市営住宅「京橋会館」の跡地に7日、民間主導の再開発ビル「フロンテージ広島」が完成した。バリアフリー設計の高齢者向け市営住宅と、分譲マンションが一体化。多世代が交流する生活空間になる。

JR広島駅から南西約400mの好立地にあり、鉄筋21階建て、延べ1万4600平方メートル。ホテル経営のレガロホテルシステム(中区)などの企業体がビルを建て、市営住宅部分を市が買い取る手法をとった。
市営住宅は3~5階部分で1DKの間取りが18戸、2DKは10戸。60歳以上の入居を前提とし、部屋や廊下の段差をなくして引き戸や手すりを設けた。日中は、安否確認など暮らしをサポートする相談員が駐在する。
京橋会館は1954年完成の4階建て。外観と中庭を取り囲む「ロ」の字型の構造が特徴だった。老朽化のため、市は07年に更新を決めた。旧住民の15世帯が4月以降、新たなビルに戻る。続いて市は、残る13戸の入居者を公募する。
(後略)

【中国新聞 2014.02.08】

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戦後建てられた、アパートの前身ともいえる集合住宅といった公営の建物が最近まで現役であったこと自体が特筆されることだろう。四面をアパートに囲われ、中庭ともいえるスペースは子供の遊び場であり、物干し場でもあり、また住民たちの交流の場にも利用されていた。
私は子供の頃ここに母の知り合いが住んでおられたこともあり、何度か訪ねた覚えがある。当時(30年以上前)はその知り合いの人の、私より少し年少の子供と遊んだりした記憶がある。そのような子育て世代が多く住んでいたようで、活気が感じられた。1階部分には店舗も入っていた。

上の写真は建て替え決定後の姿であり、住民の多くが引き払った状態であったこともあるのだが、かつての賑わいは想像すらできない状況だった。
戦後としては非常に斬新な住居形態であったはずだが、何時しかコミュニティーよりプライバシー、セキュリティーが優先されるようになり、建物自身の老朽化もあって時代遅れになってしまったのだろう。
ある意味、古い町並と同様の現象がこの建物に凝縮されているようにも思う。

サイト内の記事は、
「街の風景5 -集合住宅-」
http://www.kyoshu-komichi.com/machifukei5.html
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by mago_emon2 | 2014-02-08 23:15 | その他 | Comments(0)  

依然として妙な展開ですがしばらく続けます

新年になりました。
ここは、以前展開していた「路地裏統合サイト-街角風景-」の続編として昨年7月にスタートさせました。
前サイトがややマンネリ気味になっていたのと、定期的に話題を提供するのが難しくなったからですが、メインサイトの「郷愁小路」はあくまで全国を対象としたものであり、地元発信の町並や伝統的な建物についての情報を取り扱い紹介する場を持てないかという思いが以前よりあり、それをメインに取り扱うものとして開設しました。
さらに、別の場所でコソコソと更新していた「雑記帳」を統合する形でスタートしたのですが、両者の記事が混在する形となり、全体としてみると不自然な感が拭えません。

しかししばらくはこの形で続けようと思います。いずれ良いアイデアが生まれれば、別展開を考えたいとは思います。妙な展開ですが少しでも興味をお持ちでしたら、お暇なときにでもお寄りください。
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by mago_emon2 | 2014-01-01 13:08 | その他 | Comments(0)