景観に統一感 にぎわい再び(三原市)

広島県は、統一感ある景観づくりで賑わいを取り戻す住民活動を市町と支援する「魅力あるまちなみづくり支援事業」のモデル地区に、三原市本町の「本町西国街道地区」を選んだ。かつての城下町に文化的価値の高い寺社が点在。住民主体の祭事が続いている点も踏まえ、観光客の増加が見込めると判断した。県市は担い手となる住民組織の来年度発足を目指す。
大正地区は、JR三原駅北西に位置する本町1~3丁目の約26ヘクタール。地区を東西に貫く市道の本町中央通りは、江戸期に西国街道として栄え、古い町家が今も残る。通りの北側には、国の重要文化財の山門がある宗光寺などの寺社が斜面に沿って立つ。
早春の「おひな祭り」や夏の「三原半どん夜市」を地元住民らが開いている。ただ、商業施設の郊外への進出などで近年は人通りが減少。景観づくりを機に活気を取り戻したいと、市が県の公募に応じた。県市は今後、電線の地中化や道路の石畳化など景観づくりに向けたハード事業の指針を決めるため、住民組織がワークショップを開いたり専門家を招いたりする経費を折半して負担する。
市は住民組織の設立に向けて調整中。市都市開発課は「町家や寺社は祭りやイベントの舞台ともなっており観光客を呼び込むポテンシャルがある。住民主体の活動をいかに持続させるかを考えたい」としている。
同事業は2014年に開始。これまでに宮島口(廿日市市)東城(庄原市)忠海(竹原市)の3地区を選定し、計2千万円を支出している。宮島口と東城はハード整備の指針がまとまった。
【中国新聞 2017.11.22】


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三原の町並 この近くに「西惣門跡」がある(2004年撮影)


三原市の城下町及び街道沿いの町並は、特に駅の北東側の造り酒屋を中心とした地区が国道バイパスの建設にあたり拡幅され、ほぼ壊滅している。さらにこの記事で触れられた北西側も、質量的に余り残っているとはいえない。私も当分の間、再訪していない町並だ。
しかし少ないながら残る商家の建物や寺社を取り込んで歴史の町をアピールする余地は残されていると思う。
ただ、観光客の取り込みといったとこに傾注しすぎると、結局は余り個性のない画一化されたものになりがちなので、その辺はバランスを持った取組としてほしいものだ。
しばらく注目しておきたい。


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# by mago_emon2 | 2017-11-23 10:22 | 古い町並 | Comments(0)  

3階建て以上木造住宅減る(大崎上島木江)

 大崎上島町木江港周辺に集まる3階建て以上の木造住宅が、徐々に姿を消している。かつて造船の町の歓楽街としてにぎわった名残をとどめ、観光名所にもなっているが、9棟まで減った。老朽化や住民の高齢化で管理が難しくなっている。
 町によると、木江港では江戸末期から帆船が潮待ちし、造船業でも栄えた。大正期までに旅館や宴会場が並ぶ歓楽街になった。海と山に挟まれて平坦地が少ない事情から、木造3階建てが多く建てられたという。
 戦後、鉄鋼船が主流になると、潮待ちする船が減り、歓楽街は活気を失った。その後、建物は民家として活用され、1980年代には15棟が残っていた。
 郷土史に詳しい町住民課の秋山英雄さん(54)は「木造3階建て以上が群集して残ったのは全国でも珍しい」と説明する。一帯の写真は町の観光パンフレットも飾る。
 しかし、どの建物も築100年前後になった。昨年までに10棟になり、ことしさらに、1棟が壊された。住んでいた70代の男性は「屋根や壁の補修に年間100万円余りかかった。行政の補助はなく、維持が難しかった」と振り返る。
 現存する3階建て8棟と5階建て1棟のうち、居住者がいるのは3棟。他の2棟は倉庫、4棟は空き家だ。
 町地域経営課の森下隆典課長は「歴史ある町並みを守りたいが、保全に向けた町民運動などがなければ、個人の財産に公金を投じるのは難しい」と話している。
【中国新聞 2017.10.31】
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木江の路地 木造3階建が対峙する一角もある(2016.01撮影)

木江の集落は余り全国的には知られていないものの、その外観の独特さは特筆すべきものがある。
島の集落だったから大規模に開発され破壊されることなく、良くぞ残っていると私は思っているのだが、木造3階建の減少は私も実際眼にしてきたところである。
ここに載せた写真のような路地風景は他ではまず見られないもの。
一軒壊されると、連続した町並景観に風穴が開いて、かなり異なったものになる。

記事に掲載されている森下課長の言葉は、重伝建地区などとして公の保存が行われていない古い町並の現実そのものである。






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# by mago_emon2 | 2017-11-01 22:51 | 古い町並 | Comments(0)  

福山の鞆 重伝建に

国の文化審議会(馬渕明子会長)は20日、江戸時代からの港町の町並みを色濃く残す福山市鞆町中心部の8.6ヘクタールを重要伝統的建造物保存地区(重伝建)に選定するよう、林芳正・文部科学相に答申した。本年度中にも答申通り告示される見通し。広島県内の重伝建は3件目となる。
国が伝建制度を設けた1975年当初から重伝建の候補とされ、市教委は同年に歴史的町並みの最初の調査を実施した。だが、町並み保存を、鞆港埋め立て・架橋計画による道路課題の解決と一体で目指した経緯もあり、選定まで40年を要した。
万葉の時代から潮待ちの港として栄えた鞆町。廻船業で繁栄を極めた江戸中期までに整えられた地割を保ち、伝統的な本瓦ぶきの町家や寺社、港湾施設などが一体となって残る。国重要文化財の太田家住宅は代表的な商家だ。
答申は「瀬戸内の港町としての歴史的風致を良く伝え、わが国にとって価値が高い」と評した。
福山市教委は、地区内の昭和30年代までの町家や土蔵、塀など281棟のうち、所有者の同意を得た229棟を将来にわたり保存する伝統的建造物に特定している。
中国地方ではこれまでに、竹原市竹原地区(製塩町)や呉市豊町御手洗地区(港町)、大田市大森銀山(鉱山町)など15地区が重伝建に選ばれた。文化審議会は今回、他に武家町の大分県杵築市北台南台の選定も求め、重伝建は全国で117地区となる。
【中国新聞 2017.10.21】

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重文・太田家住宅

建物や町並、港の景観などに保存地区級に十分値するものを有していた鞆。鞆の重伝建への動きは40年前から始まっていたとのことで、私の中でも古い町並関連での大きな関心事であったが、ようやく実現することになりそうだ。
その経緯は、私が以前取りまとめたものに簡単に掲載しているので、参考までに→ 
http://www.kyoshu-komichi.com/tomo2.html

周囲からも重伝建選定を求める声は強かった。2002年、「全国町並ゼミ」がここで開催され、私も参加していたのだが、その会で採択された「緊急アピール」でも強調された。
一方で、町並保存と一体とされてきた架橋案を含めた道路整備が進まず、交通問題が残されたままであり、住民の中には町並保存だけが進むことに対する違和感を持つ方もいると聞く。それらの課題の解決も必要だが、とにかく近年鞆を訪れる客が急増した中で、その最大の魅力であるはずの伝統的な建物が失われる一方なのは非常に問題である。鞆の場合市の独自の事業などもあり、空家も比較的少なく根こそぎ失われるといった状態にならなかったのは幸いだったが、これでようやくスタートといえるだろう。重伝建選定によって、今後町並・町家保存がどのような具体的な動きを始めるのか、注視していきたいところだ。


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# by mago_emon2 | 2017-10-22 15:24 | 鞆の架橋計画と町並保存 | Comments(0)  

歩行者天国で「町めぐり」

広島市安佐北区可部の旧雲石街道一帯で古い町並みの散策を楽しむ秋恒例のイベント「可部の町めぐり」が10月15日にある。見学できる古民家や商家、催し会場などの散策スポットを昨年より15増の50ヵ所に設ける。メインの通りの一部を初めて車両通行止めとし、訪れた人が安心して歩けるようにする。
メイン通りはJR可部駅前の明神社から旭鳳酒造までの約1キロ。当日はこの区間や周辺で午前10時~午後4時、江戸後期から昭和初期にかけて建てられた古民家や商家を見学できるほか、伝統産業だった山繭織りの紡ぎ糸づくり体験、酒蔵コンサート、寺社・史跡巡り、スタンプラリーなどの催しがある。
若者や家族連れの来訪を増やそうと、子供が遊べるスペースや可部の銘菓や雑貨などを販売する「舟入堀市」を初めて設ける。
住民たちでつくる実行委員会によると、道幅が狭く、車の交通量も多いため、「歩行者天国にしてほしい」との要望が毎年寄せられていた。
このため、メイン通りのうち、可部3丁目交差点から、古民家を再生したコミュニティーサロン「可笑屋」までの約90メートルを、午前10時から午後3時まで車両通行止めにする。開催1ヵ月前の15日、実行委の7人が通行止めを周知する看板を付近の15カ所に立てた。当日は警備員やボランティア計14人を配備。ドライバーに迂回を呼び掛ける。
可部の町めぐりは今年で14回目。例年1500人ほどが訪れる。実行委の梶川暢之会長(83)は「若い世代に大勢来てもらうと、まちが華やかになる。可部の魅力を知ってほしい」と呼びかけている。
【中国新聞 2017.09.16】

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イベントの様子(可笑屋付近・2015年)

私も何度か訪ねたことのあるこのイベント、毎度可部の人達の熱意を感じて帰るのだが、確かに国道の迂回路としても使われるこの旧道は道幅の割に交通量が多い。散策には安全確認が必要であり、落着いて町並を味わうことは難しいのが実態である。
今回、一部とはいえ交通規制を行い、加えて見学できる旧家等も増えるとのことで、昨年は同日に開催された上下の町並イベントの方に足を向けた事もあり、今年はぜひともこの可部の催しを訪ねたい。


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# by mago_emon2 | 2017-09-17 10:43 | 町並イベント | Comments(0)  

鞆の重伝建選定 申請

福山市教委は28日、同市鞆町の歴史的な町並み(8.6ヘクタール)を国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)にする文部科学省への申請を、広島県教委に提出した。10月にも国の文化審議会で審議される見通し。
県教委は今後、申請の書類に不備がないかを確認し「できるだけ早く文科相に送りたい」としており、重伝建選定に向けた手続きは最終段階に入った。
この日の記者会見で、枝広直幹市長は「伝統的な町並みと歴史的な風致の保全を図りながら、鞆の素晴らしさを未来に伝える環境が整った」と説明。地区住民と意見交換しながらまちづくりを進めるとした。市は7月28日、伝統的な建物や町並みを守るための保存計画を策定、告示していた。
保存計画の対象は、商業地として栄えた港町の特徴が残る中心部。江戸期から昭和30年代までの町家や土蔵など229棟を、将来にわたって保存すべき伝統的建造物に特定している。
今後の保存活用に向けては、住民たちでつくる保存会の立ち上げなどが課題となる。地元では規制に縛られて不便になるとの懸念も一部にあり、住民を巻き込んだ気運の醸成が求められる。
【中国新聞 2017.08.29】
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いよいよ選定に向けて大詰めを迎えた鞆の町並。
次は新たな重伝建地区として加わったという題目で紹介したい。



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# by mago_emon2 | 2017-08-30 21:47 | 鞆の架橋計画と町並保存 | Comments(0)  

上下観光 住民盛り上げ

白壁の町並みが残る府中市上下町で、住民による観光振興の取り組みが活発化している。誘致に成功した外国人ツアーが継続的に訪れ、建造物の補修など江戸から昭和にかけての面影がある景観の形成も進む。一方で、市による観光振興の方向性は明確でなく、市のビジョンを求める声もある。
英国の旅行会社が企画したツアーは昨夏以降、8回訪れた。寺や旧商家の見学、剣道体験などがコースだ。「人はフレンドリーで景観もいい。日本に来た意味が上下にあった」と英国から7月に訪れた弁護士デービット・コフィーさん(50)。上下ガイド協会会員が付き添い、英会話ができる住民、小中学生もガイドに加わる。客にも好評で10月までに4回が予定される。
ツアーは、県と住民有志でつくる上下まちづくり協議会が旅行会社を招いたことがきっかけ。「外国人を呼び水に、日本人も増えれば」と協議会は活路を求める。
協議会は県や市の補助金を使い、なまこ壁や格子窓が残る町並みの景観整備にも力を入れる。2015年以降、地域のシンボルでもある教会、大正時代建設の芝居小屋などを改修。今後も明治時代の警察署跡や民家の外観の修繕などを進める計画だ。協議会は、国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)選定を目標に挙げる。
住民を突き動かすのは危機感だ。町の人口はこの5年で600人減り、現在は約4600人。白壁の町並みを成す約800メートルの商店街約130軒のうち、空き家や空き店舗は11増えて32軒に。行事がなければ地区は閑散とする。長い伝統があった同町の矢野温泉の唯一の施設は、昨年末で休館した。
5月、協議会の呼び掛けで商工会や市など8団体で活性化連絡会が発足した。主催者が異なる行事も多く、足並みがそろっていなかった地域に連携を強める動きも出てきた。
住民主導で取り組みが進む中、「住民団体でできることには限界がある」と協議会の柿原延孝事務局長は言う。「市による地域振興のビジョンが見えない」との声も地域から漏れる。
市産業振興課は「上下町には他の地域にはない価値がある」と観光資源の豊かさを認める。「町並みをどう生かすか、市の方向性をはっきりさせないといけない」とするものの具体策は見えない。重伝建についても慎重な姿勢を示す。
どう地域振興につなげるか。市の手腕が問われる段階にきている。
【中国新聞 2017.08.20】

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上下の町並(昨年のイベント時の様子)

古くは石見銀山で産出される銀の輸送上重要な町として位置づけられ栄えた上下町。現在でも重厚な古い町並を残しており、またイベント開催なども活発に行われ、地元の方々の意識は高い。
ただ市との温度差を感じるとのこと。現在は府中市の一部ではあるが、このような記事を見ると合併による弊害がこんなところに現れているのではないかと、勘ぐりたくなる。
また取組自体も、余り観光色に染まったものにならないように願いたいところだ。重伝建地区を目指すなら尚更だ。
私が見る限りは、今の状況はかなり良い方向に持っていけていると言う印象ではある。やはり地元と市が足並を揃えるという部分が課題か。


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# by mago_emon2 | 2017-08-23 23:03 | 古い町並 | Comments(0)  

鞆の伝建保存計画策定

福山市教委は28日、同市鞆町の伝統的建造物群保存地区(伝建地区)保存計画を策定し、告示した。最初の町並み調査から40年余り。ようやく歴史的な町並みを将来に伝えるための道筋ができた。市教委は、国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)選定に向けて文化庁などと協議し、早ければ今秋の文化審議会での決定を目指す。
市教育委員会会議で保存計画を全会一致で決めた。商業地として栄えた港町の特徴を残す町中心部の伝建地区8.6ヘクタールが対象。江戸期から昭和30年代までの町家や土蔵など281棟のうち、所有者の同意を得られた229棟を、将来にわたり保存していく伝統的建造物に特定した。市教委は残る52棟についても同意を目指す。他に船をつなぐ石や石灯籠など85軒も伝統的建造物とした。
保存計画は伝統的建造物の復元や、それ以外の建物を新築、改築する際のルールを定めた。助成制度や固定資産税の軽減措置、道路整備の考え方についても記している。
市教委は1975年に鞆町の歴史的な町並みの最初の調査を実施。2002年に保存計画はおおむねできていたが、告示に至らなかった。市教委は今年3月、新たな保存計画を伝建地区の保存審議会に諮問し、今月10日に答申を受けた。
【中国新聞 2017.07.29】

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鞆地区の重伝建地区選定はかなり現実味を帯びてきたといってよいだろう。今後は文化審議会の文部科学大臣への答申、文化庁の審査が通れば選定にいたる。例年春と秋に答申が行われるため、ぜひとも今秋には実現してほしいものだ。
しかし一方で、道路整備問題は依然未解決であり、それを発端とし住民感情も全て保存に向いているというわけではない。いずれにせよ課題を残してのものとなるだろう。




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# by mago_emon2 | 2017-07-30 14:29 | 鞆の架橋計画と町並保存 | Comments(0)  

重伝建選定 今秋目指す

福山市の枝広直幹市長は12日、鞆町の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)選定に向け、必要とされる地区の保存計画を7月末に策定後、すぐに国に選定を申請する方針を明らかにした。今秋の国の文化審議会での重伝建決定を目指す。
枝広市長は記者会見で、「保存計画の告示を受けて間髪入れずに選定を申し出る。遅れると大切な議会を逃す可能性がある」と述べた。伝統的建造物群保存地区(伝建地区)の保存計画は、伝建地区保存審議会が10日、市教委に答申した。7月末の市教育委員会議で議決、告示される見通しとなっている。
重伝建選定について「鞆地区の価値を大きく上げる」と強調。一方、地元住民に生活制約の不安があることについては、説明を重ねて住民の不安を取り除く考えを示した。
文化審議会は例年、重伝建選定に関する文部科学大臣への答申を10月と5月の2回している。市教委は文化庁などと協議し、10月の答申に間に合うように申し出る方向。文化庁は「選定の申し出があれば、客観的に、公平に手続きが進む」としている。
【中国新聞 2017.07.13】

昨日の市教委への答申の記事の続報。
毎年いつの間にか重伝建選定を受けるところが増えているように思うが、そのプロセスは簡単なものではないことを感じる。
鞆の場合、長年障害になってきた道路改修計画とともに、住民感情という点も小さくないようだ。


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# by mago_emon2 | 2017-07-13 22:53 | 鞆の架橋計画と町並保存 | Comments(0)